・ グッドラックとやま 2026街づくりキャンペーン ・ホスピタリティが息づき、ぬくもりが伝わる街・富山に!

・ グッドラックとやま 2026街づくりキャンペーン ・
ホスピタリティが息づき、ぬくもりが伝わる街・富山に!
文/月刊グッドラックとやま発行人 中村 孝一
街はそこに住む人々の心を映し出す
戦後、フルブライト奨学生として、アメリカで2年半学んだ藤田至高氏は、当時の繁栄の源泉について次のように述べていた。
「私は、アメリカの大都会の摩天楼にも、整備されたハイウェイ やそこを超スピードで走る自動車にも、あるいは巨大な工場設備にも、それらの外見には関心がなかった。わたしの関心は専ら常にそれを作った人間にあった。
どんな心を持ち、どんな生き方をしているのだろうか、と。」
結局、街を発展させ豊かな生活を築く主人公は、そこに住む人間であり、その精神である。具体的にはその街に対する考え方であり、生き方であるわけだ。藤田氏はさらに次のように述べる。
「一九六一年夏、ミス・アメリ カ選出大会をイリノイ州の村の人たちとテレビで見た。様々な審査の後、司会者が何か質問し、それに答えるテストがあった。
ある女性に対する質問は『ソ連 は宇宙衛星スプートニクの打ち上げに成功した。アメリカ人としてどう思うか』だった。
当時、 アメリカはスプートニクにより宇宙開発でソ連に先を越されて威信を損い、全国民がショックを受けていたときだった。
『残念だ。アメリカも頑張ってほしい』 というような答えをするのではないかと皆が思っていた。 しかし、その女性はとっさに、 『ソ連のスプートニク成功は偉大だ、賞賛する。けれどもアメリカには白由がある。思想の自由、宗教の自由、選挙の自由がある。何ものにも屈する必要のない個人の独立がある。努力さえすれば、誰でもトップまでいける機会の平等が保障されている。幸福追求の権利が認められている。
これらを保障したアメリカ憲法を誇りに思う。その憲法のもとに生活できる我々は、世界で最も幸せな国民だ。スプートニクはなくとも、私はなによリアメリカに生を受けたことに喜びと誇りを感ずる』と答えた。
それまでじっとテレビを見て いた村の人々は、一斉に拍手をし、『あれがミス・アメリカだ』と叫びあった。その答えのせいばかりではないだろうが、その女性がその年のミス・アメリカに選ばれた。
番組が終わった後で村人たちに『あなた方がアメリカ人として最も誇りに思うことは何ですか?』と聞いたら、経済力でも豊かな生活でもなく『自由な政治体制』と答えた。
その後も、私は同じような質問を学生などにも聞いてみた。答えはそこでも同じだった。
『我々アメリカ人の祖先は、自由を求めて新大陸に渡ってきた。そして自由を守り、自由のために戦ってきた。自由は正義だ。破れることはない』というようなことを小学生まで口にしていた。
今の日本の子どもは、『日本人として一番誇りに思うこと』と聞か れると大半は『富士山』と答えるそうだが、富士のすばらしさもさることながら、考えれば情けないことだ」
※自分たちの街にシビックプライドを持つことは、活力ある地域社会を維持するために重要だ。
街のイメージを決める住民のひと言
以前、瀬戸大橋が完成したばかりの頃、快速電車に乗り、高松駅で降りて目的地までタクシーに乗った。新しい橋の完成で乗客が増えているだろうと思い、運転手に「観光客でタクシーも忙しいでしょう』と尋ねた。
ところが「いや、全く変わらん。儲かっているのは観光バスとホテルだけだ」と怒鳴られてしまった。この一言で私は、この土地の人はなんと乱暴なのだろうと思わずにはいられなかった。
次に乗ったタクシーでも、同じような質問をしてみた。すると、今度の運転手は大変愛想がよくて親切に説明してくれたので、すっかり気をとり直し、楽しく過ごすことができた。
街の様子などというものは、どこの都市も似たりよったりでビルが少し目立つかどうか、緑が多いか少ないか程度である。ビジネスホテルに至っては全国どこで泊まってもほぼ一緒であり、個性を感じることは少ない。しかし、その街で接した人——タクシーの運転手、お店の店員、 道ですれ違った街の人々の態度に、他県から訪れた者は心を動かされる。
言葉ひとつでも、乱暴ならビックリしてもう話したくなくなるし、逆に親切なら感動して、その街に親しみを覚える。それが人間というものだろう。
目に見えないその街の良さというのは、やはりそこに住んでいる人間がいかに人間らしく生活しているか、どういう思想を持っているかにつきると思う。
例えば、親切で思いやりがあるとか、自分の住んでいる街に愛着を持ち誇りを持っているとか、 礼儀があるとか、そういった形にならない良さがその街の本当の財産であり、訪れる人に心からの感動を与えるものではないだろうか。
なにげない行動でおもてなしの心を表す
ある観光関係者から、次のような声を聞いたことがある
「富山はたしかに戦災で名所旧跡などがかなり失われてしまいましたが、観光というのは総合的なものだと思います。先日、旅先ですれ違った大学生くらいの地元の女の子が、ニッコリとあいさつしてくれたんです。その温かなやり取り一つで、街のイメージがとても良くなり、楽しく旅を続けることができました。
富山の場合、引っ込み思案な県民性ということもありますが、このようなちょっとした心の触れ合いを大切にしていけるといいのではと思います」
魅力ある街を創るというのは、単にビルや公園などを造るというだけではなく、人間と人間、心と心の交流こそが街の魅力を創りあげていくのではないだろうか。
見返りを求めない純粋な親切心や、自分の地元を好きになってほしいというホスピタリティ……。富山の人々のなにげない行動から最高の「おもてなし」を受け取った観光客は、きっと富山を大好きになってくれるにちがいない。
施設の充実には莫大な費用がかかる。国家予算、県予算との関わりで、認定されなければ進まないこともあり、決して思う通りにはいかない。
だが、〝人〟の意識改革にはそれほどの費用は必要とされない。誰もが、よくしようという方向へ行こうとすればよいのである。しかし、だからこそ〝お金で解決しない〟という難しさもある。
だが、いかに施設を作ろうが 設備を充実させようが、使用するのは人であり、運営するのも人である。人々に、「よくしよう」 という意識がない限り、それはあまりに片手落ちである。
▼遊覧船の運航は、川を中心に心の交流が生まれる舞台づくりの一つでもある。

人と人との交流が生まれる仕掛けづくりを
弊誌『グッドラックとやま』は1977年(昭和52年)11月に創刊。「富山は見るところがなく、誇りが持てない」との市民の切実な声に危機感を持ち、街の中心部に富山の歴史・自然・文化を感じることのできるシンボリックな空間が必要であると、松川に遊覧船を浮かべることを提案した。
松川遊覧船は1988年(昭和63年)4月1日に運航を開始。以来38年、特に桜並木が美しい春は、国内外から多くの観光客が訪れている。これは富山市民がシビックプライドを持つことのできる観光の目玉を、と考えてきた成果でもある。
だが、もうひとつには、船上の人と、岸を歩いている人や橋の上にいる人との交流を大切にしようというねらいもある。船上から、あるいは橋の上から手を振る。これは簡単なのだが、勇気のいる難しい行動でもある。相手が手を振ったときに、それに応える心のゆとりを持っていなくてはならないからだ。そして、その心のゆとりこそ、私たちが旅の人を迎える時に大切なものではないだろうか。
毎年、花見シーズンになると、松川に架かる橋に多くの人々が立ち止まり、 川を行き来する遊覧船を眺める。また、リバーウォークを歩きながら花見を楽しんでいる人々の横を遊覧船が通り過ぎていく。そして遊覧船に乗っているお花見客と、橋の上や川辺にいる人々は自然と笑顔で手を振り合うのだ。
この心温まる場面は、松川だけで見られる特別な光景であり、今や富山の風物詩ともなっているように思う。松川は訪れた人たちが富山の人々の優しさを感じる絶好の場となっているのである。
街づくりに大切な心の通い合い
心の通い合いということで、私がいつも思い出すアメリカのエピソードがある。
南北戦争が始まろうとしてい た頃のことだ。リンカーン大統領が閣僚と一緒にホワイトハウスから出てきて、用意された車に乗って出発しようとすると、 粗末な仕事着に身を包んだ庭師が歩み寄ってきた。彼は帽子を取っておじぎをしながら「おはようございます、大統領」と挨拶した。
これに答えてリンカーンはあの有名な黒い山高帽を少し傾けて、「おはようございます」 と答えた。一緒にいた閣僚はびっくりして、「大統領が庭師に帽子をとって丁寧に挨拶したなどという噂が広まらないことを祈ります」と言った。 するとリンカーンは「あなたは、庭師の方が大統領よリ、ずっと礼儀を心得ていると人に笑われてもよいのですか」と、尋ね返したという。
こうしたエピソードは、人に対する温かさ、親切で謙虚な態度、 わけ隔てのない礼儀が人間にとってどんなに大切な徳であるかを知らせている。そうした人たちが生活している街こそ、すばらしい街だと言えよう。
▼松川茶屋のテラスでくつろぐ観光客が、遊覧船の乗客に手を振る和やかな光景。
























