【其ノ二百十七】夏になると

昭和の時代は夏になると「怪談」や「幽霊」という話題が必ずありました。最近はその「幽霊」も「怪談」もAIなどの技術でよりリアルに作られて、音も映像も恐怖心をものすごく煽る。確かに怖さは半端ではありませんが、どこか作り物感が強く、怖さだけで何も残らないことが多いような気がする。昭和の「怪談」や「幽霊」はどこか怖さだけでなく、人の心の奥を表していたのです。古くは「耳なし芳一」であり「ろくろっ首」であり、見た目の怖さより何故そうなったのか。何がそうさせたのか。見聞きした人の思いの深さが怖さであった。夏のお祭りの「幽霊屋敷」もどこか風情があり、ほのぼのすることさえある。日本の「怪談」や「幽霊」はAIなどに頼らず、人の温もりや手作りを感じるものであって欲しい。何事もリアルに血が本物のように流れたり、殺陣で人を斬る音がするより、血が流れているらしいとか斬られたようだと言う「らしさ」が怖さに思える。
今月八月二十二日に落語「死神」を口演します。言葉だけで聴くだけでお客さんのそれぞれが想像し、思い浮かべる怖さを感じていただけたらいいなと思います。ぜひ体感してみませんか。
いやはや まいどはや























