“水の都とやま”推進協議会への提言『夢のリバーウォークはいかにして実現したか』(ヴァーノン・G・ズンカー)

 1997年8月号で、『サンアントニオ水都物語』の著者、ヴァーノン・G・ズンカー氏の現地インタビューを掲載した。『サンアントニオ水都物語』は、サンアントニオのリバーウォークがいかにして実現したかをまとめたもので、川を生かした街づくりの参考になる本である。


 

必ず “夢” は実現する

 数年前のある日、私は愛犬とともにサンアントニオ川のリバーウォークを散歩していた。ひとりの旅行者から「こんなすばらしいリバーウォークができると見通したのは、いったい誰だったんですか」と、まことに興味ぶかい質問を受けた。
 散歩を続ける間中、さまざまな思いが頭の中をかけめぐった。このリバーウォークがいかにして実現したのか、地元の人々ですらほとんど知らないのではないか。皮肉なことにひとりの旅行者が、私たちが当然知っておかねばならないことを思い出させてくれたのだ。
 誰かがリバーウォークを夢見たに違いない。言うまでもなく、われわれが今日親しんでいる川畔の遊歩道は、多くの人々の努力の結果成し遂げられたものではあるが、都心部を流れる川の常識破りな使い方を発想し、広めた誰かがいるのではないか。その誰かの発想であったとすれば、それはなんと優れた創造性に富む発想だったろう。
 私は、草花、樹林、店舗、ホテル、遊歩道沿いのレストラン、それらの組み合わせが魅力をいっそう高めていると思った。散歩を続けながら私は、旅行者の疑問について思いをめぐらしていった。
 私の思いは、突然、戸外レストランにいた一団の人々の笑い声で中断された。別のテーブルでは、経済論議が激しく交わされていた。また、あるテーブルでは、空に向かってすくっと伸びている樹木の名前が話題となっていた。お客のひとりは、「この遊歩道はこんなふうにどこまで続いているの?」とウェイターに尋ねた。彼は肩をすくめ、「知らない」と言って注文を聞き始めた。愛犬が好物の香りを嗅ぎつけたように、この質問が私の脳裏にしっかりと刻み込まれた。
 しばらく立ち止まって、私はイタリア・レストランの近くの川畔にある大きなヌマスギを感嘆して眺めていた。客を満載した遊覧船がやってきて、川畔を歩く人たちや、川の両岸でテーブルを囲む人々に手をふっている。この日ばかりは、人々は世俗的な問題を忘れ、大都市の中心部の川と遊歩道を楽しんでいた。このような1日を過ごせると、何十年も前には誰が想像しえただろうか。

 

▼リバーウォーク沿いのカフェと遊覧船

 

●ヴァーノン・G・ズンカー
サンアントニオから約50km東のシギーン出身。テキサス・ルーテル単科大学の学部を卒業、トリニティ大学修士課程を修め、ヒューストン大学から博士学位を授与された。続いて、ガルヴェストンにあるテキサス大学医学部心理治療科でインターン課程を修了した。多数の論文を発表しており、単科大学の教科書を2種類著述している。単科大学教授であり心理学者。1997年5月31日、サンアントニオの「ヒルトン パラシオ デル リオ」ロビーでインタビュー。

 

 

おすすめ