舟見城址館(入善町)
源平合戦に勇名を馳せた越中宮崎一族の祖の末裔が入善町に寄贈 黒部川扇状地や富山湾が一望でき、散居村と富山湾が織りなす四季の絶景を見ることができる舟見城址館。平成3年、初代城主・入善小太郎の末...
源平合戦に勇名を馳せた越中宮崎一族の祖の末裔が入善町に寄贈 黒部川扇状地や富山湾が一望でき、散居村と富山湾が織りなす四季の絶景を見ることができる舟見城址館。平成3年、初代城主・入善小太郎の末...
今年1月、古代から信仰の対象として崇拝される「日本三霊山」がある静岡県、富山県、石川県の3知事が、地域振興に向けた連携協定を締結した。 弊誌では2020年10月号で、霊峰立山を御神体山とす...
弊誌でよく紹介している、アメリカ・テキサス州サンアントニオ市中心部のリバーウォーク。地下深くに掘られた2つの巨大なトンネルによって洪水を防いでいる。 サンアントニオ市の年間降水量は約800...
▲貯留管の内部(2014年9月20日の地元町内会向けの見学会より) 富山市では、戦災復興都市計画事業の着手と共に、1952年から下水道の調査と計画に着手し、中心市街地である富山駅南側から城南...
▲1930(昭和5)年の地図〔「今昔マップ on the web」(©谷 謙二)〕 大正2(1913)年4月1日、富直線(北陸本線の富山駅―直江津駅間)が開通しました。7月には神通川旧流路に...
かつて、何度も大洪水が発生した神通川。近年、ゲリラ豪雨が増え、今後のことはわからないものの、現在では余程の大雨が降らない限り、神通川が溢れる心配はなくなった。今回は、明治時代の治水事業につい...
神通川では、鮎・鮭・鱒が多く捕れたため、戦前には皇室の「御猟場」(皇室専用の狩猟場)にも指定されたという話をお聞きになった方も多いだろう。今回は、このことについて深堀りしてみよう。 『神通...
日本の新しい音楽のさきがけとなった、瀧廉太郎。廉太郎の父・吉弘は、明治19年8月28日に富山県書記官(今の副知事に相当)に着任し、7歳になったばかりの廉太郎少年も富山市に転居した。 さて、...
富山市本丸亭は、茶室「碌々亭」と、増築棟の総称。「碌々亭」は当初、明治時代中期に飛騨高山の永田家に建てられたが、昭和23年秋に実業家で茶人でもあった佐藤助九郎(助庵)が譲りうけ、富山へ移築さ...
松川べりの七軒町付近を散歩していると、「七軒町排水ポンプ場」と書かれた白い施設が目に入ります。以前から気になっていたので、今回、富山市上下水道局に問い合わせてみました。 それによると、合流...
かつて神通川が蛇行していた頃、富山城そば(木町の浜)と東岩瀬湊(今の富山港)の間を帆掛け船などが数多く往来していた。その舟運を復活させたらいいのではないか、というアイデアは多くの人々によって...
江戸時代、大火で亡くなった人々の霊を慰める 天保2年(1831年)、4月12日の正午過ぎに富山の街で火災が発生。南からの季節風が強く吹いていたため火は瞬く間に燃え広がり、富山の街のほとんどが...
県内でサイフォン式の用水と言えば、魚津市の東山円筒分水槽や牛ヶ首用水の2カ所のサイフォンが有名ですが、富山市の中心部、富岩運河(木場橋のすぐ下流側)にも地下を通って横切る用水があります。案内...
シダレザクラが美しい 松川へ、土川から浄化用水を導入する「松川浄化用水導入施設」の近くにある松尾神社。春には、シダレザクラが美しく咲き誇る。 ちなみに、全国にある松尾神社の総本社は京都市西...
松川(旧神通川の名残り)に架かる「舟橋」の4つの親柱に、旧神通川船橋のそれぞれ異なった古絵図や古写真が金属に加工されて埋め込まれている。これは、この場所に船橋が架けられていたことによる。 ...