呉羽山・長慶寺と立山地獄谷

 呉羽山の五百羅漢などの石仏群を管理している長慶寺は、天明6(1786)年、塩野(富山市。旧大沢野町)にあった寺をこの地に移し、真言宗から曹洞宗に改めたという。寺は「立山の地獄谷に相対す」といわれ、地獄の苦を救う丈六(約3m50)の延命地蔵を建立し、桜谷大仏の名で人々に親しまれたそうだ。
 この言い伝えについて、『神通川と呉羽丘陵』(桂書房)の著者・廣瀬誠氏は、「立山地獄に堕ちた娘を地蔵が救ったという『今昔物語』の説話が思いあわされる」と述べている。
 さて、桜谷大仏は明治初年、神仏分離・廃仏毀釈により破壊されてしまう。その後、大正14年に破壊された大仏の仏頭を、富山市出身で鎌倉在住の古美術商・松永徳太郎氏が発見して買い取り、寺へ寄進したという。その破損仏頭は本堂に安置されているそうだが、廣瀬氏は、「その仏頭の形はどう見ても地蔵菩薩ではない。伝承の桜谷大仏とはまるきり別の破損仏頭を勘違いして入手寄進し、寺でもこれに気付かなかったのではなかろうか」と、疑問を呈している。

 

 


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