前田利家公の墓

 江戸時代、越中は、前田利家を藩祖とする加賀藩(加賀前田家)と、その支藩・富山藩(富山前田家)によって治められていました。では、藩祖・前田利家のお墓はどこにあるかご存知でしょうか?
 県内で藩主のお墓と言えば、高岡市の前田利長公墓所や、歴代富山藩主が眠る富山市長岡の長岡御廟が有名ですが、前田利家公をはじめとする前田一族のお墓は、金沢市野田町の野田山墓地の一角(頂上)にあります。1587(天正15)年に、利家が兄の利久を葬ったのが始まりで、広さは、約6万6000平方メートル。代々の藩主や夫人・子女のお墓が70数基作られています。
 前田利家公のお墓を見ると、土盛り型で、小さな古墳のようです。隣には、夫人・芳春院(まつ)のお墓もあります。また、第二代・利長公のお墓は高岡の他に、こちらにもあります。
 ちなみに、この前田家墓所は、高岡市の前田利長公墓所とともに、2009年2月、文化庁により、国史跡に指定されました。
 野田山墓地全体では、30万柱以上のお墓があり、その中には、大久保利通を暗殺した島田一良ら同志、文豪・室生犀星、仏教学者・鈴木大拙のお墓もあります。また、五木寛之の「朱鷺の墓」に描かれたロシア軍兵士のお墓もあり、国際的墓地として知られています。



▲前田利家公墓所


▲前田利家公墓所(近くより)



▲芳春院(まつ)の墓所



▲前田利長公墓所



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