グッドラックとやま 2025 街づくりキャンペーン 夢から始まる“川のまち”の創造

 8月26日、富山市都市計画審議会は観光客向けホテルやマンション、商業施設などを核とする「富山市桜木町地区第一種市街地再開発事業」について、都市計画決定案を議決した。再開発は、旧富山第一ホテル、アイザック城址公園前ビル、佐藤工業北陸支店のあるエリアが対象となり、2032年度の完成を目指しているという。この再開発を機に、松川を活かした富山ならではのユニークなゾーンに生まれ変わることを期待し、松川一帯の夢を語っていただいた過去の座談会を振り返ってみたい。

写真/過去のイベントの折、「おわら」を踊る人々の姿が水面に美しく映えた松川のリバーウォーク。

「グッドラックとやま」 2007(平成19)年8月号より再編集

◇座談会出席者[役職は平成19(2007)年当時]

 嶋倉幸夫 さん
 林建設工業株式会社 社長

 北山直人 さん
 北山ナーセリー 社長

 加藤敏光 さん
 川田工業株式会社、前・富山土木センター 所長

 今井清隆 さん
 立山カルデラ砂防博物館館長

 井波久治 さん
 富山県土木部 次長

 司会/中村 孝一(グッドラックとやま発行人)

富山の魅力が詰まった核となる場所を

司会 今日は、おもいっきり皆さんの夢を語っていただければと思います。

北山 私も富山生まれの富山育ちですから、富山を訪れた人が時間を過ごして、良さを知ってもらえる所があればと思っていますが、富山には核がないんですね。
 私はよくお客さんを連れて長野に行くんですが、何か一つ中心になる所があるんですよ。例えば小布施や蓼科とか、やっぱりシンボル的な所は行ってみたくなる。
 そういう所が1年を通して富山にも一カ所でもあればすごくいいなと。観光っていうのはやっぱり楽しくないといけない。小布施なんか半径で200mあるかないかの小さな範囲ですが、年間に何百万人の人が来て、そこの商業施設だけでなく、農産物も全てが潤っているんですね。
 富山だと「おわら」を活かして、例えば城址公園の中に常設して見せてくれるような所があったり、観光土産なども含めてトータルとして一カ所でできると面白いかなと思います。

司会 おっしゃるとおり、富山にもシンボル的な所がほしいですね。ベネチアの人は、サンマルコ広場を「ベネチアの心臓です」と言って誇っていますし、サンアントニオは、リバーウォークを作ったことで、全米ナンバーワンの人気都市となって全世界から旅行客が押し寄せていますしね。

嶋倉 中村さんは、サンアントニオの、川底が5m下がって、遮断された空間が作り出す、川の街の魅力というものにすごく惚れてらっしゃる。たしかに、あそこの素晴らしさは行けばわかるんですが、写真だけ見てもなかなかわからない。松川もいたち川下流にある牛島水門の水位まで、今より2m下げればいいのだと思います。そうすれば、松川は深くなって峡谷のような世界になる。もちろん、サンアントニオのように、水面だけでなく、オープンカフェのあるリバーウォークも下げ、そのレベルにお店の正面を作るんです。
 ただし、松川で同じことをしようとしたら、県庁と松川の間の道路とか、佐藤工業と松川の間の道路をつぶさないといけなくなる。桜の木のことも考えなければならない。どこか部分的にやるという手もあるかもしれないけど、なかなかこれの同意を得るのは難しい。ただ、私も100年かけて松川の水を飲めるぐらいにしようと言っているから(笑)。長期の計画を立ててやっていけば、夢は必ず実現できますよ。

神通川から生まれた松川の歴史を活かす

井波 私はサンアントニオは見ておりませんが、ベネチアに行って思ったのは、やっぱり水と人間の関わりは大変大事なことで、小さい頃から物心つけば水と遊ぶ訳ですよね。そういう意味でこの松川をどう活かしていくのか……。
 もとは大きな神通川が流れていて、明治の終わり頃に馳越線工事があって、その後神通川がまっすぐ流れるようになり、廃川地を埋め立てた時に一部を残して今の松川ができた。人を集めるとなると、そこに歴史が感じられて、それが現代の生活とどうマッチングしているかが大切です。リピーターが来る街は、みんな歴史が感じられると思うんですね。そういうところを見てこそ初めて心が和むというか、2度、3度来てみたくなると思うんです。
 そういう意味で、松川の昔ですよね。明治時代のこのあたりの姿、その一つが舟橋だろうと思いますし、大正時代、昭和初期の頃の松川のまわりはどうだったんだろうかなと。そんなことも一回思い起こしてみて、昔の松川の姿を再生するというようなことを考えてみるのも一つの手ではないかと思います。それから、近々の計画としては、城址公園を大々的に直しますよね。昔あった堀を復元して、松川とつなぐという夢のある計画も考えられるのではないでしょうか。そのへんをうまく生かせば、少しずつものになっていくのではという感じがいたします。

歴史を感じさせる仕掛けが必要

今井 私はやはり、まず松川がきれいでなければならないということがあると思います。水の質の問題もあるかもしれませんが、ゴミが流れないということがまず第一点ですね。そういった面から、市民県民のモラルの向上をはかるべきかなという思いがあります。サンアントニオに行った時に、水面にはゴミがないんですよね。あれにはびっくりしました。
 それから、北海道の小樽なども歴史があるように、歴史の再生が大切ですね。松川は、幸いにも元神通川の跡だったという歴史があります。ここを再生する時には、その歴史を感じさせるもの、例えば護岸に昔の川の絵があって簡単な説明がありますが、藩政時代から明治期にかけての経緯を感じさせる何かが仕組めないかと。まちづくりを、〝神通川の歴史を再生する〟といった方向に持って行けないかという思いはあります。
 さらに舟運の問題。前から富岩運河とつなぐという話が出ていますが、いたち川に段差があり、松川を2m下げるか、閘門をつくるしかない。せっかく駅北に水辺の空間ができましたし、一体的に整備するためにもっと研究しなければという思いでおります。

加藤 私、前職にある時に中村さんから「夢の神通回廊」という構想をお聞きして、大変感動した訳です。川から海まで含めてのユニークな水運都市が形成されれば大きな魅力のある都市になると。近年、富岩運河や城址公園の整備が着実に進められており、この構想も着実に進展してきていると思っています。富山市さんでも水質改善に向けての計画もあるということですし、まちなか居住の様々な推進策を進めてきておられ、こういったものとあいまって、この構想が進展していけば、県内外からの人々を含めて街の賑わいづくりにつながってくるのではないかと思います。
 松川は、桜の時期には本当に素晴らしい、夢のような世界が現出するわけですが、もう一つ、花と言いますか、植栽を工夫できないかと思っています。四季それぞれの植栽に一工夫凝らせば、フラワー水路といいますか、一つの賑わいづくりのポイントになるのではと思います。

明治・大正期の建築物を復元し、非日常空間を

司会 20年前に市や県の要請で遊覧船に関わったことから、世界の有名な「水の都」といわれる街を研究することになりましたが、研究すればする程、松川の「可能性」をすごく感じるんです。
 それで、今年(2007年)の1月号で、富山の明治・大正期の建築物を、大きさは小さくても復元して、今より2m下げた遊歩道沿いにリバーショップや世界の料理店として配置したら、どんなに楽しい松川になるでしょう!という提案をさせていただきました。
 旧・富山市役所、県立富山薬学専門学校、旧・富山市立図書館などは、今も残っていたら、どれも重要文化財級の建物です。特に、市立図書館は東京駅を設計したことでも有名な辰野金吾の設計で、明治後期から大正初めにかけて同時期に建てられているんですね。

北山 例えば、松川茶屋から今の図書館にかけての川沿いに明治・大正期の建築物を建てて、逆に国際会議場の前の方から松川にかけての西側には江戸の建物を建てる。その間に運河があり、建物がお城側を向いている。そうすると、富山城を中心として非日常的な空間を感じていただきながら、城址公園の中をぐるっと一回りできます。だいたい30分ぐらいでしょうから、距離、時間から言ってもすごくいいですよね。

司会 倉敷は松川の半分程の川幅で、川に正面を向けて昔の建物が並んでいて、街の顔になっていますけど、あの距離はわずか250mしかないそうですね。

北山 だいたい観光というのは、1カ所に30分から1時間。あんまり長過ぎるとだめなんですね。船に30分乗ったら、あと30分は買い物。その時に、城を中心として発展してきた富山の歴史文化が見れる。そこで、美味しいものが食べれたり、物が買えたり、いろんなものが見れたりすれば、富山城址はいい中心になると思いますね。

中村 江戸・明治・大正期の建物が、小さくても松川と城址公園に復元できると楽しいですね。

北山 建物の正面が内側に向いていたら、船で通っても江戸を見て、明治・大正を見て、現代も見れる。すごくおもしろいですよね。

嶋倉 リバーフェスタ2003の時に、こういう建物を子供にミニチュアで作ってもらおうという話もありましたね。

中村 ええ、オランダにマドゥロダムという、街をミニチュアにした公園があるんですが、それがヒントだったんですね。

井波 訪れる人がガリバーになったような気分になれますね。

中村 そうそう。それが川べりにダーッと並んでいたら、富山も歴史のある街だということがわかってもらえると思ったんですね。

嶋倉 サンアントニオのリバーウォークは、人がものすごく多かったですね。

北山 コンベンションシティとして成功した街なんですよね。

嶋倉 サンアントニオの街は、そもそも砂漠の中に誕生したんですね。アラモの砦で有名だったけど、他には何も見るべきものがない。しかし、街の中心を流れる小川を開発し、「アメリカのベニス」を作ろうとリバーウォークを整備して、100年後、125万人を超す街になった。それはコンベンションシティになったからですが、その前にリバーウォークを整備して、世界博覧会を開催したんです。

富山の歴史を後世に伝える「川のまち」の創造を

北山 海外のコンベンションというのは夫婦連れなんですよ。旦那が会議中、奥さんは行くところがない。そうするとホテルの近くでちょっと一服お茶飲んだり、観光を半日ぐらいできる街が人気が出て、開催地に選ばれるんです。富山市も夫婦で来れるコンベンションシティを目指すべきです。

中村 そういう意味でも、松川を中心に「川のまち」を創造できたら、すばらしいですね。それは、神通川によって生まれ、神通川と共に育ってきた富山の歴史を、後世に伝えていくことにもなりますからね。「東洋のベニス・水の都とやま」の創造に向けて市民の皆さんと一緒に前進しましょう。本日は、ありがとうございました。

▼オランダ・ハーグにあるミニチュア都市、マドゥロダム。オランダ中の主要な教会、学校から港や空港に至るまで、実物の25分の1の建物が並んでいる。

おすすめ