[滝廉太郎研究会発足10周年] 誇りを持てる街を作るのは、私達の郷土愛
滝廉太郎研究会発足10周年
誇りを持てる街を作るのは、私達の郷土愛
富山で少年時代の約2年間を過ごした
滝廉太郎を研究し、顕彰する
滝廉太郎研究会 発足
滝廉太郎の代表曲「荒城の月」は、どこの城がモチーフになっているのだろう。考えるだけでもロマンが尽きない。少年時代を旧富山城内で過ごした廉太郎が、引っ越した竹田にもなんと岡城という城があり、同じように城を見ながらの生活があったとは―。なんとも不思議な話である。滝廉太郎の生涯を研究し、顕彰することで、より一層県民が親しみを持つことができるようになるのでは―。ふるさとに誇りを持てる、一つのきっかけにしようと、6月27日、松川茶屋の滝廉太郎記念館において、滝廉太郎研究会の設立発起人会が開催された。
経過報告の後、設立趣意書、規約の承認、役員選出があり、今後は会員を増やすとともに、研究やPR活動を活発化する。
「富山も竹田もどちらも約2年間いたわけですから、荒城の月の作曲にあたって、その2つの城がイメージとしてのぼったことは間違いないと思います。これから研究を進めることで、一層廉太郎を身近に感じるでしょうし、ふるさとに誇りを持つ県民が増えることになるでしょう」(浅岡節夫さん)
「私は岡城がイメージだとずっと思っていました。でも、富山にいた人だと知っただけで、荒城の月を歌う時に、歌に対する思い入れが全然違って来ますね。富山駅でもたまに流したらいいのではないでしょうか」(安念千重子さん)
「滝廉太郎については、専門分野でないので知らなかったんですけど、やっぱり、地元にとって、歴史的にも文化的にも、ある意味、財産ですから、なんとか発展させて、誇りにつなげていけたらと思っております」(川田文人さん)
「滝廉太郎に関する最初のまとまった書き物は、戦前に出版された木村毅の『荒城の月』です。これには、戦前にパリのコンクールに行った映画『荒城の月』のロケ地が富山城だと書かれています。【川田さんのネット検索で、『荒城の月』(1937年・松竹)という映画が見つかったが、ロケ地は上田城のようで、また別の映画のようだ】 この映画を見てみたいですね」(八木光昭さん)
「荒城の月は、中学時代から童謡で一番好きな歌。アカペラで歌わせてもらった時に、賞をもらったりしたので、滝廉太郎という名前に親しみを感じています」(高塚廣さん)
「以前、竹田市を訪問、観光課長に会うと、『富山も竹田も、四捨五入すれば2年、岡城だとの根拠もないし、富山市ももっとアピールされたら』と。富山の方は、廉太郎が住んでいた価値がわからないのですか、と言われたようで恥ずかしかったですね。ふるさとを愛する気持ちが、どこにいても試されている、と感じました」(中村孝一)
※10周年に当たり、設立時の熱い思いを振り返るため、2015年8月号の記事をそのまま掲載しています。役職名は当時のものです。

























