[2020グッドラックとやま 街づくりキャンペーン]松川河畔に“東洋のベニス”の創造を!

今、世界中が大きな危機に直面し、日本でも首都圏を中心に緊急事態宣言が出されるなど、年初には想像もしなかった状況となっている。このような時こそ、かつて多くの苦難を乗り越えてきた私たちの先祖に思いを馳せ、ふるさと・富山発展のために希望を持って歩み続けたい。
文/中村 孝一(グッドラックとやま発行人)

 

水の都の源流 イタリア・ベニス

 世界の代表的な「水の都」と言えば、イタリアのベニスだ。映画『旅情』のイメージが強い人もいるかもしれないが、ベニスの街の特徴とは何だろうか。
 イタリア半島東側のアドリア海の入り江に浮かぶ、100余りの小島を繋いでできた水に浮かんでいるような都市、ベニス。市内中心を蛇行する「カナルグランデ」のほか、約150もの小さな運河が網の目のように広がっている。古くは海運国として栄え、「アドリア海の女王」と呼ばれたこともある。
 その歴史は今日、サン・マルコ広場の寺院や宮殿をはじめ、市内の数々の建物や華やかな伝統行事の中に偲ぶことができる。
 ベニス市内への自動車の乗り入れは一切できず、交通手段はもっぱらゴンドラか水上バス。そのため、人間的なゆったりとしたリズムで時間が流れて行く。
 ベニスに詳しい陣内秀信氏(現・法政大学名誉教授)は「水上の迷宮都市」と表現しているが、確かに運河と歩道が複雑に入り組み、迷宮に迷い込んだような不思議な感覚におそわれるのも、ベニスの特徴である。
 ところで、なぜベニスは海上にできたのだろうか。「ベニス」という地名は、古代ローマ時代には北イタリアの広大な地域を指していたという。やがて、ローマ帝国が衰退して東西に分裂、異民族が侵入し始めると、旧ベニス領の住民はアドリア海の潟に散らばる無数の小島に避難した。
 彼らは木の杭を深く打ち込んで軟弱な地盤を補強し、その上に住宅を建てていったという。それが、ベニスの歴史の始まりである。
 周囲が海に囲まれていること、迷宮のように都市を入り組ませることで、都市を外的から守ったのである。
 そして、自動車交通時代の現在になっても、舟と徒歩というヒューマンスケールの交通手段を残し、あくまで水と密着した生活にこだわっている。
 こうして、人々は喧噪を離れ、水辺のしゃれたカフェテラスでコーヒーでも飲みながらウォーターフロントの神髄を堪能できるのである。

 


▲イタリア・ベニスを空から眺めると、まさに水に浮かんでいる都市だとわかる。

 

ベニス誕生の歴史とよく似た富山市の中心部誕生の歴史

実は、富山市中心部もベニスと同じような経緯で誕生したことは、あまり知られていない。
 戦国時代に築城された富山城は、北側を流れる約300メートルの神通川を外堀に利用することで、城を外敵から守っていた。ところが、度重なる洪水によって街が大きな被害を受け、明治期にオランダ人技師、デ・レーケの提案によって、川にバイパスを作った。その結果、湾曲した部分は廃川となり、残った川原は街の発展を阻害する要因となっていた。
 そこで、この広大な湾曲地帯の右岸側(今の松川)を残して埋め立て、ここに街の中心を置くという、当時としては途方もない大都市計画が実行された。富山県庁、富山市庁舎、電気ビル、県民会館等が建っている場所は、昔、神通川が流れていた所なのである。
 富山市中心部誕生の経緯からも、富山が「水の都」「東洋のベニス」と言える要素を十分に持っていることがわかる。

 

アメリカのベニス、サンアントニオ

 年間約3000万人の観光客を受け入れる観光・コンベンション都市、テキサス州サンアントニオ市。アラモの砦でも有名なこの街は、〝米国のベニス〟を目指して開発され、急成長を遂げた。
 サンアントニオにはサンアントニオ川という大きな川が市内中心部を蛇行して流れていたが、度々氾濫を起こし、1921年には多くの人命と財産を失う最悪の事態を招いた。
 その結果、川を直線化して市内中心部を流れる部分を舗装し、駐車場として利用するとともに、洪水時の排水路にも使うという提案が出された。しかし、サンアントニオ保全協会等が中心となって反対したため、最終的にはバイパス水路を建設するが、蛇行部分も保存し、洪水時には水門と堰によって本流から遮断させることによって水害を防ぐ、という案が採択された。
 その後、1929年にバイパスが完成。リバーアソシエイションが発足し、建築家のロバート・ハグマンが選ばれて、蛇行部分の全体計画が描かれた。
 その計画に基づき、開発を進めることになったが、時は大恐慌の真っ只中。費用の半額が地元負担となったが、資金はなかなか集まらず、計画が何度も危ぶまれる中、職のない日雇い労働者によって石が1個1個積まれ、散歩道や街路から水辺に降りる階段、アーチ型の橋が建設されていった。
 その後、しばらくはただの市民の憩いの場にとどまっていたが、1968年に博覧会を誘致することになり、市のイベントのために川が会場まで延長され、俄然、この川沿いの散歩道が注目されることとなった。
 そんな中、リバーウォークに沿った地権者や商業関係者が参加する「パセオ・デル・リオ協会」が設立され、民間の開発について責任を持つこととなった。
 1977年には開発者に対し、デザインのガイドラインを与えるための「リバーウォーク基本指針」が出され修景施設、日よけ、外装の清潔さ、廃棄物の処理への適合等について記された。また、「リバーウォーク諮問委員会」が設置され、建築許可が出される前に概略計画を審査することとなった。
 この委員会ではその他に、サンアントニオ川の特徴を保全・保護するためのガイドラインを作成したり、この地区の建築許可や土地利用の申請に関わる市の関係機関に助言を与えているという。また、デザインに関する詳細な勧告も行っている。
 こうして、市街地の道路より4・5メートルほど低い川沿いに、自動車交通から隔離されたテーマパークのような心地よい水辺が形成されたのである。
 ホテルからエレベーターでこの水辺に降りると、一度に人の賑わいが見えて、不思議の国に迷い込んだような気分に駆られる。「水辺の散歩道(リバーウォーク)」「観光客を満載して、ゆったりと行き交う遊覧船」「川沿いのレストランやカフェテラス」「ギターなど楽器を演奏する人々」「楽しそうに語り合う人々のざわめき」…。〝峡谷のような〟空間の中で、アメリカ的な「ベニス」の雰囲気が醸し出されている。
 1929年にロバート・ハグマンが言った「アメリカのベニスを目指すべきだ」という夢が現実になったのである。
 交通・都市問題評論家の岡並木氏は、90年代に開催された「水辺空間整備のあり方」を話し合う座談会の中で次のような興味深い指摘を行っていた。
 「日本の都市公園などでは、民間の優れたコーヒーハウスとかを入れていませんが、水辺とか森とか、そういうところへ人間がなぜ昔行ったかという人間の本能的な欲求、人間の歴史を忘れているのではないかと思うんです。森へ入っていったのも、水辺へ行ったのも水や食料、安らぎを求めて行っているのです」
 サンアントニオは「森林公園」としての位置づけがなされていることからわかるように、緑の木々が川を覆っている。そして、その下にデザイン的にも優れたカフェテラスが並んでいる。つまり、人間が本能的に欲している水、森、そして食べ物がすべて揃っている快適な場所であると言えるのだ。

 


▲神通川の蛇行していた部分が埋め立てられ、富山市中心部が生まれた。
「富山市を中心とせる県下名勝鳥瞰図」昭和7年(1932)吉田初三郎(水野信太郎氏所蔵)より

 

松川一帯を〝東洋のベニス〟に!

 富山の松川べりに〝東洋のベニス〟を創造するには、何が必要なのだろうか。ベニスやサンアントニオの特徴は、水辺にホテルなどの建物やカフェテラスがあることだ。松川ではリバーウォーク(遊歩道)や「親水のにわ」などがあり、水に触れることはできるものの、松川茶屋以外にコーヒーを飲んだり、語らうことのできるカフェテラスなどのお店はない。その理由の一つは、松川が生きた川の要素を持っていることにある。
 サンアントニオ川の場合、蛇行した部分の両端に川幅一杯の水門があり、完全に本流であるバイパスから水を遮断することができる。そして川の水が少ない時は、上流50キロも離れた所にある湧き水を鉄パイプで送り込み、常時水深1メートルを保っているのだ。そのため、川べりのすぐ近くにカフェテラスや店舗を設置することが可能なのである。

 


▲木々が生い茂った、自然いっぱいの空間を遊覧船が通り過ぎる。(アメリカ・サンアントニオ) 

 

一方、松川では2018年5月に「松川の水質保全」と「浸水被害の軽減」を目的とする巨大トンネル「松川雨水貯留施設」が完成するなど、周辺整備が進められているが、水位を安定化するには至っていない。上流に水門がある松川は、上流で流れ込む水をシャットアウトできるが、下流で合流しているいたち川が増水すると、水が逆流して水位が上昇してしまうという問題がある。
 〝東洋のベニス〟を目指す上で、課題は山積みではあるが、富山ならではのユニークな取り組みとして注目も集めている。今春、一般財団法人地域活性化センター発行の情報誌『地域づくり』4月号の「公共空間の新たな利活用」をテーマとした特集の中で、松川の歴史と文化を活かした松川遊覧船の取り組みが紹介されたのだ。官民連携で公共空間を活用するモデルの一つとして認知いただいたことは、大変喜ばしいことであり、今後も一歩ずつ目標に向かって前進していきたいものである。

理想は大海に浮かぶ星のようなものだ。けっして手にはつかめない。
しかし、それは我々を導いてくれる。—— ロングフェロー

 

 

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