“水の都とやま”推進協議会、藤井富山市長と三浦副市長に「松川・城址公園環境整備に関する要望書」を提出

 “水の都とやま”推進協議会は、さる10月14日、富山市役所を訪問し、藤井富山市長と三浦副市長に下記のような「松川・城址公園環境整備に関する要望書」を提出しました。
 要望は、
① 富山城の西側の堀を復元し、富山城の歴史を甦らせること。
② 明治、大正期にあった富山の歴史的建造物を復元させることで、戦災で歴史・文化を失った富山市民に誇りを取り戻させること。
 となっており、2007年、市において「松川・いたち川等水辺空間活用方策検討懇話会」が発足し、西側の堀の復元と明治大正期の歴史的建造物の復元が検討されたこと、またこの時、森前市長が市の部長・課長クラス10名程とアメリカ・サンアントニオ市を視察し、帰国後、「検討懇話会」の意見を参考に、西側の堀の復元と歴史的建造物を堀の横に復元したイメージパースが発表されたことが説明されました。

【参加者】
副会長 川田文人
理事長 中村孝一
副理事長 澤田悦守
副理事長 高見隆夫
理事 今井均、小竹和博、尾山謙二郎、松井洋、池田安隆、森田幸

撮影:松井洋(〝水の都とやま〟推進協議会 理事)


松川・城址公園環境整備に関する要望書

 世界的に有名な都市・パリ。この都市が誇りとしているのが、「セーヌ川によって生まれ、セーヌ川とともに育ってきた」ことです。パリ市の紋章は、セーヌ川と船をかたどったもので、「たゆたえども沈まず」との言葉が刻まれています。
 わが富山市の新庁舎を設計する際、富山市が神通川(現在の松川)を外堀に富山城が築かれ、城下町として発展してきた歴史を知った設計士がインスピレーションを得て、新庁舎を船の形にデザインしたという有名なエピソードがあります。
 神通川の名残を残す松川は、まさに神様が通られて誕生した聖なる川と言えます。その歴史にふさわしく、美しい松川に再生しましょう。国も1995年に「河川再生事業」を創設、「治水」「利水」の従来の2本柱に、「環境」を加え、3本柱にしました。松川を美しくするのに、県はもちろん、国の支援が得られるようになりました。
 2003年には「川と街づくり国際フォーラム」を開催しました。2017年、ついに「“水の都とやま”推進協議会」が設立され、松川、城址公園の本来あるべき姿について検討が始まりました。
 官民連携で進めるため、国、県、市からアドバイザー、オブザーバーにも参加いただいています。
現在、一番の課題は西側の堀を復元し、富山城の歴史を甦らせること。そして、明治、大正期にあった富山の歴史的建造物を復元させることで、戦災で歴史・文化を失った富山市民に誇りを取り戻させることです。
 2007年、市において「松川・いたち川等水辺空間活用方策検討懇話会」が発足。西側の堀の復元と明治大正期の歴史的建造物の復元が検討されました。この時、森市長は市の部長・課長クラス10名程とアメリカ・サンアントニオ市を視察。帰国後、「検討懇話会」の意見を参考に、西側の堀の復元と歴史的建造物を堀の横に復元したイメージパースを発表されています。
 このプロジェクトがすみやかに前進することを、「“水の都とやま”推進協議会」メンバー一同で要望いたします。

令和3年10月14日

富山市長 藤井裕久 殿

“水の都とやま”推進協議会
事務局/富山市丸の内2-2-21
(グッドラックとやま内)
会長 浅岡節夫
理事長 中村孝一