雄大な自然が育んだ富山の文化と県民性

山瀬晋吾

富山大学教育学部教授日展会員・
日本彫刻会会員

 能登生まれの私にとって、対岸に聳え立つ雄大な立山連峰は畏敬と憧れの対象であった。海の向こうに未知の世界を想像した少年時代の夢と能登の自然は今も確かに生き続けている。やはり自然は、人間が文化的刺激を受ける最初の素材なのだろう。高校卒業後、金沢に出て美術を専攻した。ふるさとでは海や山の風景を描く絵かき人生をぼんやり思い浮かべていたが、大学の恩師との出会いが彫刻の道へ進む大きなきっかけとなった。
 私は3年前から富山大学に勤務し、石川と富山を往復している。通勤時に眺める立山連峰は、少年の日の心のときめきを蘇らせてくれる。特にこの冬、呉羽山の切り通しから見た立山に驚いた。山全体がうごめいているではないか。『山が湧いている』と直感した。富山県民の、何事にも前向きで進取的なカルチャー精神のエネルギー源がここにあったと実感した。河幅500mという一級河川が幾本も流れる広大な自然からも強烈な印象を受けた。富山には金沢と異なったスケールの自然が流れていたのである。
 そして、さらに驚いたのはJRの駅で整然と一列に並ぶ通勤者や、バスや市電の運転手さんに「ありがとう」と言って降りていく乗客たち。『これは、すごい文化だ!』と気づくと同時に、黙って降りるのに恥ずかしささえ覚える。自分さえ良ければいいという昨今、優しく他人を思いやる、礼儀正しい県民は、人として見習うべき無形の文化といえよう。
 私の前任地金沢大学附属中学校のすぐ近くに兼六園がある。25年の在職中、美術の時間に生徒たちとよく園内へと写生に出かけたものである。兼六園の造園技術は前田藩の財力を注いで創られただけに素晴らしい。地形の高低差を巧みに利用した曲水や滝、樹木などは自然を活かして配置され、四季の移ろいを身近に味わうことが出来る。これは最近感じていることであるが、兼六園は立山の自然をモデルに創られたのかもしれない。例えば、石組みなどの手本は弥陀ヶ原の傾斜地に行けばいくらでもあるし、曲水の玉石は常願寺川の石を入れていると聞く。 しかし、兼六園をそのまま立山の前に置いてみたらどうだろう。おそらくあの大自然の前には貧弱なものにしか見えないに違いない。当然なことに、立山の前には立山にふさわしい文化が似合うのである。
 不思議なご縁で富山に来たが、昨年10月、富山大学の前身・旧制富山高等学校の創設者である馬場はる刀自の胸像を制作させていただいた。気品のある面影の写真をもとに、慈愛に満ちた越中女性の徳が内からにじみ出るようにと念じ続けたが、私自身にとって大変記念に残る仕事になったと感謝している。

※グッドラックとやま 平成8(1996)年4月号「地域文化論」より

 


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