今の橋は3代目 富山大橋の変遷


 今回は、日々多くの人々が利用している富山大橋の歴史について、橋のたもとにある案内板をもとに見ていきたい。
 現在の富山大橋は3代目で、初代の富山大橋は明治42(1909)年、神通川西岸に移駐してきた陸軍歩兵連隊と市街地を結ぶ道路開設に伴い架橋された。当時は木橋(幅員約6m)で「神通新大橋」と命名されたが、市民の間では「連隊橋」の愛称で親しまれた。
 昭和に入ると、これまでの木造橋を、鉄やコンクリートでできた永久橋に架け替える整備事業が始まり、昭和11(1936)年4月、鋼製の橋(ゲルバー式上路鋼鈑桁橋、幅員16m)に架け替えられ(2代目)、「文化のかけはし、モダン富山の豪華橋」と人々から完成を祝われた。昭和20年の富山大空襲でも被災を免れた。
 平成に入り、富山大橋の1日あたりの自動車交通量が約3万台に増え日常的に交通渋滞が発生したことや、橋自体も老朽化が著しくなったことから、平成24(2012)年に現在の橋に架け替えられた。3代目富山大橋は、車線を4車線とし、歩行者自転車道を広く確保し、路面電車を複線化した。橋の上から眺める立山連峰や呉羽丘陵の景色は、とても美しい。

■参考文献/『鼬川の記憶』(桂書房)、『災害にみる富山』(富山県公文書館)


▲近くには神通川の歴史を説明した案内板も。



▲2代目富山大橋の跡。単線の線路の一部も。


▲残された2代目富山大橋の一部。


▲対岸(西側)でも、橋の一部が残されている。


▲富山大橋の東橋詰から見る立山連峰。

 


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