金沢城の鼠多門橋と鼠多門、玉泉院丸庭園(石川県金沢市)

鼠多門橋と鼠多門

鼠多門の内部

玉泉院丸庭園

「見せる石垣」として造られた石垣群

玉泉庵からの眺め

 

 鼠多門は金沢城の西側に位置し、鼠多門橋により接続される金谷出丸(現在の尾山神社境内)からの出入口として機能していた。明治17(1884)年に火災により焼失したが、令和2(2020)年7月7月に復元された。
 鼠多門をくぐった先に広がる玉泉院丸庭園は、2代藩主・前田利長の正室・玉泉院が屋敷を構えた場所。3代藩主・前田利常が寛永11(1634)年、京都から庭師を招いて庭園を造営し、その後、5代・綱紀、13代・斉泰の時代に改修した記録が残る。庭園は明治期に廃絶されていたが、平成20年から24年までの5年間の発掘調査や、江戸時代末期の詳細な絵図等をもとに、確認された遺構の上に約2mの盛土をして庭園を再現した。整備工事は、平成25年5月に着工し、平成27年3月に完成した。
資料/案内板

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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