映画の舞台となるようなロマンチックな街に!

 誰もが訪れたくなる街のイメージは、一朝一夕ではつくられるものではない。中でも、映画や小説の舞台となった街は、ストーリーに感動した多くの人々が追体験しようと訪れることで、ますますその魅力が高まっている。
 今回は不朽の名作となった映画の数々から、その舞台となった街を取り上げて考察してみよう。


 

小説や映画がつくる都市のイメージ

 ベニスと言えば、世界で最も有名な街の一つであるが、そのベニスの素晴らしさを世界中に伝えたのが映画『旅情』(1955年)であったと語り継がれている。この作品では、ベニスを舞台に男女のロマンスが展開していく。
 舞台はイタリアの水の都、ベニス。主人公の女性が汽車でベニスにやってくる場面から始まり、ゴンドラ、運河、サンマルコ広場、カフェテラス、ベネチアングラス、音楽、鐘…これらのベニスの魅力を描きながら、ストーリーは展開していく。
 クライマックスは、最後に女性が汽車に乗ってベニスを離れる時。恋人の男性が見送りにやってくると、ちょうど汽車が出発したところだった。彼は持ってきたプレゼントを彼女に渡そうと汽車を追いかけるが、もう少しのところで手渡すことができない。あきらめて、包みの中から1輪のくちなしの花を取り出し、汽車の窓から顔を出している女性に「これを君に見せたかったんだ」と見せる。その花は彼女が大好きな花で、以前、男性が彼女にプレゼントしたが、運河に架かる橋の上から落としてしまい、必死に拾おうとしても流れていってしまった花。その花が、今回もまた手渡されないまま、汽車はベニスを去って行く。最初から最後まで、ベニスの魅力が旅情たっぷりに描かれている名作だ。
 この映画で、ベニスが全世界に知られるようになり、観光都市の地位を不動のものにしたと言われる。ベニスに行けば恋が生まれるかのように錯覚させるほど、多くの人々を魅了し、今でも多くの観光客が訪れる。


▲『ローマの休日』にも登場する、イタリア・ローマの代表的な観光名所「トレビの泉」。

 

名作から生まれる観光地

 さらに、ベニスと並んで人気が高いのはローマだが、その魅力を広めた名作と言えば『ローマの休日』(1953年)。ローマを訪れた某国の王女が、堅苦しい生活にうんざりして街に飛び出す。彼女を泊めた新聞記者は、失踪中の王女と知り、彼女をローマ観光に連れ出してスクープを狙う。真実の口、スペイン階段、トレビの泉といったローマの見どころを回るうち、2人の間に身分を越えた愛情が芽生える。しかし、お互いの気持ちを言葉に出すことはせず、王女は宮殿へと帰っていく。
 この時、気品溢れる王女を演じたオードリー・ヘップバーンのさわやかなイメージが、日本人の中に観光都市・ローマのイメージを形づくったと言っても過言ではないだろう。
 一方、香港を有名にしたのは、悲恋映画の代表作と言われる『慕情』(1955年)だ。夫を戦争で亡くした女医が、あるパーティーでアメリカ人記者に出会い、惹かれ合う。香港の街を見渡せる丘の木の下や、美しい風景の中で物語は展開するが、彼が朝鮮戦争に従軍記者として派遣され、爆撃によって戦死してしまう。この知らせを聞いた女性が、思い出の木の下で号泣し、ドラマは幕を閉じるが、この結末が人気の秘密でもある。この映画が公開されてからしばらく、舞台となった丘を訪れる観光客が絶えなかったという。
 戦後復興期の日本映画で大ブームを巻き起こし、何度もリメイクされた名作といえば『君の名は』(1953年)。東京大空襲下で出会った男女が再会を約束し、名前も告げずに別れるが、その舞台となったのが銀座の数寄屋橋である。映画のヒットとともに、この数寄屋橋の知名度も不動のものになった。(現在は撤去され、石碑がその名残をとどめている)
 また、瀬戸内海に浮かぶ無名の島を、一躍観光地に変えてしまったのが『二十四の瞳』(1954年)。新米の女教師と12人の教え子たちの交流を描いた名作だが、この作品について文芸評論家の古谷綱武氏は、「この郷土から生まれたひとりの女流作家のその力によって、日本中の人たちが一度は行ってみたいと思うあこがれの島にまでなってきたのです。(中略)名作というものが、いかに大きく、人を動かす力を持っているかということを、そしてそのような文学の力の偉大さについても、それをあなたの心のなかにきざみとめておいてもらいたい」と解説している。
 このように、映画やドラマの舞台になることは、その街を有名にするとともに、訪れる人、観光客を増大させていくことにつながる。しかし、ここで重要なことは、それがどんな作品でも良いというわけではなく、万人に感動を与えるような優れた内容でなければならないということである。
 つまり、そうでなければ多くの人々に「あの街に行ってみたい」と思わせることは不可能だからだ。極端な話、街に歴史的に有名なものがあまりなくとも、大ヒットした映画、小説の舞台であれば、その街に行ってみたいと思う人は多いだろう。
 最近では、2016年にアニメ映画『君の名は。』が大ヒットし、舞台となった岐阜県の飛騨や東京の四谷を訪れる「聖地巡礼」が話題となった。しかし、一時のブームが過ぎれば、また元のような普通の街に戻ってしまうということもある。となると、やはりベニスやローマのような歴史のある街が、映画の舞台としては俄然有利だと言わざるを得ない。


▲『慕情』の舞台となった香港有数のリゾート地、レパルスベイ。

 

 

作品に街の歴史性を折り込む

 では、ここでその地域に残る歴史を小説や映画に折り込んで、街を有名にした例をいくつか紹介しよう。
 ヨーロッパではベニスに次いで人気のあるベルギー・ブルージュ。この街は14世紀頃、ハンザ同盟の中心地として毛織物業などで繁栄し、商人や銀行家、芸術家たちを魅了した。しかし、15世紀後半にオーストリア領となってからは、水上交通の要としての座をアントワープに明け渡すこととなる。運河が土砂で埋まってしまい、取引の命綱であった港が用をなさなくなったためだ。
 しかし、1892年にジョルジュ・ローデンバックの小説「死都ブリュージュ」が発表されてから、再び脚光を浴び、世界中から観光客が訪れる街に生まれ変わった。もちろん、数多くの歴史的建造物や芸術作品が、二度の世界大戦の際にも奇跡的に戦災を免れたこと、時期を得た修復政策があったことも見逃せない。
 いずれにせよ、もしこの小説が書かれていなかったら、ブルージュの存在が多くの人に知られることはなかっただろう。小説を読んで街に興味を持った人が、絵のように美しいブルージュの風景に感動し、その魅力を広めていったのだ。
 また、アメリカ・ジョージア州の州都アトランタは、世界中でベストセラーとなった『風とともに去りぬ』(1939年)の舞台となった街。作者はアトランタ生まれの小説家、マーガレット・ミッチェルだ。アメリカ南北戦争時代を背景にした一大叙事詩的なこの長編小説は、1939年に映画化され、空前の大ヒットを飛ばした傑作として今なお語り継がれている。1996年にアトランタがオリンピックの開催地となったのも、この作品の影響が強いようだ。


芸術的な景観が「屋根のない美術館」と言われるベルギー・ブルージュ。

 

 

富山の独自性をアピール

 このように、名作と言われる映画や小説の舞台となった街は、その歴史性ともあいまって多くの人を魅了する。最近では『劒岳 点の記』(2009年)や『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』(2011年)などが、富山を舞台にした映画として話題になった。また、『おおかみこどもとの雨と雪』(2012年)のモデルとなった場所として、細田守監督の出身地・上市町が話題になったことも記憶に新しい。
 今後、さらに富山を舞台とした名作が生まれることを期待したいが、そのために最も必要なことはなんだろうか。大切なポイントは、「地域の独自性をアピールする」ことである。
 先述した『旅情』ではゴンドラやサンマルコ広場、ベネチアングラスなどが登場することで、ベニスにしかない雰囲気が生まれる。それとともに感動的な物語が展開することで、映画を観た人が「実際のベニスで、自分が主人公になった気分に浸ってみたい」と思うようになるのだ。
 現在、富山では映画誘致によって地域活性化を目指す「フィルムコミッション」活動も進められている。今後、さらに富山の独自性を打ち出し、富山ならではの名作を生み出していくことで、誰もが「行ってみたい」と思う魅力的な街となることができるのではないだろうか。


▲富山市のイメージの一つとなった、松川遊覧船。

 

 

文中に登場した名作映画一覧

旅情
ローマの休日
慕情
君の名は
二十四の瞳
風と共に去りぬ


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