松川のグランドデザインを考える(埴生雅章さん)

Special Interview

富山県土木部長
埴生 雅章さん

聞き手/月刊グッドラックとやま 発行人
中村 孝一

※サンアントニオの写真は、埴生雅章氏が撮影。

 

 

川の自然の特色を保った開発計画を

中村 森市長がサンアントニオを訪問されましたね。

埴生 やはり、百聞は一見にしかずですよ。一昨年、リバーウォークを訪ねた時のことを想い出しています。

中村 これからの松川の整備に、大変参考になるとおっしゃっていました。埴生さんは現地を訪ねて何がわかりましたか。

埴生 まず、橋の上から見て、「これは松川と一緒だ」と思いました。堤防はなく、掘り込み河道タイプも同じです。上流部で元の河川断面を観察したり、過去の写真を見たりして、初めの頃は松川と同じように、周辺の地面から川にかけて斜面があり、そこに樹木が茂っている状態だったこともわかりました。

中村 今の松川と同じだったんですね。

埴生 ええ、その後、斜面を垂直にして、そこにリバーウォークを整備したことがわかりました。特にハグマンの計画により、川辺にカフェやレストラン、お店を建てるようになり、斜面の部分を全部リバーウォークに整備したわけです。こうすることで、川幅を狭めることなしに、リバーウォークを作れたんですね。

中村 なるほど、松川の整備にあたっても、川幅をこれ以上狭めてはいけないですよね。親水の庭のように水面がもっと広い所があると変化があって、市民や観光客からもとても評判が良いですよ。

埴生 水面は貴重なオアシスですからね。こうして、徐々に人工的になり、当初の地形は失われたのに、別の形で付加価値がつき、空間全体の質が高まったのです。

中村 ハグマンが、「開発が進めば進むほど、川の自然の特色が保たれ、その価値が高まる——それが私の考える開発計画のもっとも重要な点である」と述べていますが、ここの所ですね。

 

都会の混雑から隔離された
峡谷のような空間

埴生 その考え方が一番重要ですね。重要と言えば、川の深さ。これは現地を訪ねてわかった。周囲の地表面から、建物一階分は下がった場所に水面があるんですね。

中村 そうそう、あれは驚きでしたね。写真を見て、松川より水面が下がった所にあるな、と頭では理解できていても、体では感じていないわけです。自分の体をそこに置いて、初めてその空間の質の高さがわかるんです。

埴生 5メートル程下がった所にリバーウォークがあって、言ってみれば、地下一階にもうひとつ別の世界が広がっているわけです。ですから、道路レベルから建物に入ると、一階に入ったつもりが、実は「川の街」から見ると、そこは二階なんです。そして地下におりたつもりが、そこは「川の街」の一階で、突然賑わいが見えてきて驚かされるんですね。

中村 そうなんですね。まるで不思議の国に迷い込んだアリスのように。そこが松川との大きな違いですね。松川も水面をもう2メートル程下げ、それに合わせて、遊歩道も下げることができれば、同じように質の高い空間を作り出すことが可能です。

埴生 それはすごいアイディアですね。これは河川整備の話ではなく、街づくり、都市観光戦略という、桁の大きい話にしないと実現できないでしょう。

中村 確かに。これは神通川から誕生した〝水の都富山〟のシンボルを創り出し、後世に残せるかどうかという、百年に一回あるかないかの大プロジェクトですからね。


リバーウォークの魅力を探る——川幅は親水の庭のように広くなっていると変化があって美しい

 

成功の秘密①
地表レベルから5メートルの掘り込み

中村 地表レベルから5メートル深く掘り下げることで、都会の混雑や、世俗的な世界から隔離された、別世界を創り出すことができるんですね。

埴生 現地で購入した本には、リニアーパラダイス(線上の楽園)と書かれていました。都市の真ん中に高質な水と緑のオアシス空間を創出した情熱には驚かされますね。地表レベルから5メートル掘り込むことで、地上の都市から隔離され、さらに、建物によって都市的喧噪を遮断し、静寂で冷涼なダウンタウンの中のオアシスを創り出すことに成功したんですね。

中村 しかもリバーウォークは、5メートル深い地下空間にあるため、この水辺をマイクロクライメイトゾーン(小気候)にし、夏でも気温が四、五度低いですしね。

埴生 適度の屈曲、先が見通せない楽しみ、変化のあるシークエンス(次々と眼前に展開する景観)で飽きさせないんですね。


パセオ・デル・リオ(リバーウォーク)の断面図。道路レベルから、隔離したパラダイスが広がる。
渡邊明次著「世界の村おこし・町づくり」より

 

成功の秘密②
洪水対策で水位を一定化

中村 リバーウォーク沿いに商業施設を作るには、水位の一定化が不可欠だったわけですが。

埴生 これは三重の洪水調節施設を設けたわけですね。まず、ダムによる洪水調節、次に河道を直線化、拡幅し、リバーウォークに洪水が入らないように、上流と下流に水門を設置、三番目に道路の下に直径8メートル程のバイパストンネル(貯留管)を完成させた。

中村 この貯留トンネルの完成で、リバーウォークは完全に洪水から守られるようになった。

埴生 水位の一定化がリバーウォークの命ですからね。


1キロ程の川の中で、このように大木が生い茂り、自然公園のような美しい場所もあって、ハッとさせられる

 

成功の秘密③
樹木の保護により公園環境を創出

中村 まるで森林公園の中を川が流れ、レストランやお店が並んでいる感じですよね。

埴生 樹木(自生のヌマスギ)の大木を相当残していますね。これがリバーウォークの環境の質の高さに大きく寄与している。他に代えがたい存在感、雰囲気、緑陰効果をもたらしています。さらに新規に植栽され、草花も効果的に配されているため、地形の改変、建築の林立、環境の施設化が進んだにもかかわらず、自然の雰囲気が保たれているんですね。

中村 サンアントニオ市の公園管理者、リチャード・ハード氏も「リバーウォークの商業的成功は、地上から5メートル低い環境、いつも新しい発見を予感させる曲がりくねった川と共に、レストランや、店の背景にある、公園環境が成功の鍵の一つである」と述べています。「高い木々、青々と茂った緑が安らぎを与え、川辺を都市の雑踏から遠ざけてくれる」と。

 

成功の秘密④
川沿いのレストランの魅力

中村 建物が川のすぐ横に建てられていることで、川の街の魅力をいっそう高めていますね。

埴生 市の職員に聞いたところ、建物は河川区域に入って建てられているものが多いと。それは、洪水の心配がなくなったことが背景にあるが、そのように川に近づくことが、お店にとっても、お客にとっても、税金が入るメリットのある役所にとっても良い、という判断からきているとのことでした。

中村 川のすぐ側に建物があるというのは魅力的ですね。なによりも雰囲気がいい。川沿いのレストランのカフェテラスで食事できるなんて、ロマンチックですね。

埴生 本当に素晴らしかったですね。リバーウォークのお店での食事、音楽やイルミネーション、リバー劇場での音楽やダンス、遊覧船での舟遊び。「これは回遊式の日本庭園の応用ではないか、平安時代の舟遊びの楽しみの、現代版ではないか」平安貴族が楽しんだ、風流な世界と共通する高度な楽しみが、誰もが楽しめるカタチで、現代の楽園として地球の裏側のここサンアントニオに実現している。造園技術者として、リバーウォークを創造した関係者の努力には、ただただ脱帽です。

中村 本当に、リバーウォークは私たちを魅了し、楽しく、飽きさせないですね。

埴生 とにかく人が多い。平日でも夕方には遊覧船もレストランも満席、行列の状態。成功が成功を呼ぶ、雪達磨式によくなっている感じ。収入が増えれば投資が出来る、環境が良くなる、さらに魅力が増す。羨ましいですね。

中村 リチャード・ハード氏が三年前、「川と街づくり国際フォーラム」で来富された際、松川を案内したんですが、「松川の誕生した歴史、街の中心を流れる立地、ヒューマンスケールと、どれをとってもサンアントニオで起きたことが、日本の富山で、新たな夢として実現する可能性を秘めている」と期待しておられましたね。

埴生 ドリーム・カム・トルー!夢は必ず実現しますよ。



【関連リンク】

“水の都とやま”推進協議会設立総会 第2部 記念講演
「サンアントニオに学ぶ松川の魅力づくり」
埴生雅章氏(2017年5月17日)(リンク

 

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