大正天皇御製詩碑並びに昭和天皇御製碑(富山市)

呉羽山山頂に昭和26年、昭和33年に建立

 呉羽山展望台の後ろの小高い丘の上に、大正天皇の御製漢詩碑と、昭和天皇の御製歌碑が立っている。
 明治42年9月29日、皇太子・嘉仁親王殿下(後の大正天皇)は富山県に行啓遊ばされ、10月1日、雨の上がった秋晴れの日、呉羽山にお成りになり、白壁茶屋より徒歩で呉羽山頂にお登りになられた。それ以後、この山頂を御野立所と呼び、「皇儲駐駕處(こうちょちゅうがのところ)」という石柱が建てられていた。その後、昭和26年、サンフランシスコ講話会議において平和条約調印を受け、祖国復興の心の拠り所とし、併せて大正天皇の聖蹟を長く記念、保存すべく、御製詩『登呉羽山』の中で「眺望此ノ如キハ多ク得難シ」とお詠みになられた「皇儲駐駕處」に内山李友氏(代々富山藩十村役十三代目)が中心となり、御製詩『登呉羽山』の詩碑が建立された(平成14年修復再建)。
 昭和天皇の御製碑は、昭和33年7月、第13回国民体育大会が富山県で開催されたことを記念して建立された。刻まれた御製は、昭和天皇が皇太子の御時の大正13年11月3日、摂政宮として陸軍大演習統監の時、秋天に気高く聳え立つ立山連峰の秀麗な姿をお詠み遊ばされた「立山の御歌」である。


 

 

 


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