地域住民の愛着と、市の“勇気ある英断”が、“老松”を救う。
グッドラックとやま街づくりキャンペーン
地域住民の愛着と、市の“勇気ある英断”が、“老松”を救う。
– グッドラックとやま1992(平成4)年10月号座談会より –
弊誌では、それぞれの街の個性でもある身近な自然を守り、水と緑と文化を活かした潤いある富山を創ろうと、有志の方々と座談会を行ってきた。
今回は、市民の熱い思いが行政を動かし、河川工事で伐採予定だった1本の老松が救われたケースから、行政と市民のあり方について考えてみたい。
◇座談会出席者(役職は1992年の座談会開催当時)
水上美之(富山県自然保護課課長)
藤永 滋(富山市河港課課長)
堀井長平(富山市荏原町内会会長)
笹倉慶造(富山県自然保護協会代表)
藤田 斎(「富山・水・文化の財団」事務局長)
佐々木桂子(みどりの会 代表)
◇司会/中村孝一(グッドラックとやま発行人)
市の改修計画に要望書を提出
司会 今日は富山市内の半俵川改修に伴い、地域住民と市が話し合い、伐採される運命にあった「老松」が残されることになったということで、荏原町内会の堀井会長のほうからその経緯を伺いたいと思います。
堀井 簡単にお話ししますと、半俵川沿いに20本、樹齢100年ほどの松の木があるんです。昭和55年に河川改修工事ということで現状6メートルの河川を10メートルに拡幅して、雨水を吸収しきれるような河川状態にしようということで、中流から工事を始めてこられました。そして、平成元年頃にいよいよ近くまで来て、これは大変なことになったということで、平成元年の4月に私の前の町内会長の時に、切らないよう検討してほしいと、市のほうに一度要望書を出して、2年6月に中間報告して頂いたんです。
しかし、あまり進展がなかったためにもう一度、「治山治水の目的はよくわかるのですが、自然保護との調和を図りながら、もう一度再検討してくださいよ」、ということで、市長さん、建設部長さんにお願いして、市のほうでずっと検討していただいていたのです。
そして、6メートルを10メートルではなく8メートルまでに、それと東の方へ少しふるということにしていただきました。それでも1本だけは移植しなければならないということです。それは来年3月に移植が完了します。あとは、一応現状のまま残すという形で、本当に市、東京都の財団に感謝しているのです。
司会 市のほうとしても大変だったかと思うのですが、そのあたりはいかがだったでしょう。
地元の熱意と多自然型への方針転換
藤永 そうですね、今ほど言われた通りの経過なんです。地元の熱意もあったし、公園緑地のそばでもあったし、もう1つは、やはり最近の住民の自然環境を残したいという要望の中で、国や県も多自然型河川づくりにということで方針を定めてきていますので、その経過に乗っ取ってこのようになったのではないかと思います。
司会 そうですか、本当に会長さんもおっしゃるように、市の〝勇気ある英断〟だと思いますね。今までですと、たぶんバッサリやられていたと思います。
ところで、県下一円に河川改修に伴う護岸整備が進められ、自然がどんどん失われてますね。
▲管理しやすいが殺風景な三方コンクリートの用水。
水上 これは難しい問題ですよね。富山県の河川は暴れ川ばかりですから、水との戦いで有史以来来ていると思うんです。まず、それをどう制御するかというのが、生命、財産に一番重要だった。そういう経過をたどって、現時点ではだいたいの大河川はある程度、コントロールができるようになってきました。
それから、住居に近い中小河川の床下浸水という問題があります。荏原の場合も当然そういう問題があったと思います。それをどう解決するか、というのが、まず地元住民の要望だったと思うんです。それがある程度、行政でうまくやられてきたので、今度は住民の要望が、身近な自然をどうしてくれるのか、ということになってきたと思います。
用水も三方コンクリにするなど、かなり機能本位でしたが、最近は行政も対応が変わってきて、機能があってその上に付加価値を高めるという努力をしています。例えば、三方コンクリではなく底張りをなくするとか、あるいは石積みにするとか。
司会 県のほうとしては基本的には自然を残した整備をお考えになっていると思います。けれど、治水上絶対必要な工事と、わりとそうでない、特に農業用水のように幅50センチぐらいの郊外の狭い川まで、最近はほとんどコンクリート化されてきているんですね。
都市化と身近な自然の共存
藤永 我々も、都市化の中で河川の改修ということになりますと、機能、管理、それと景観を残した都市とマッチしたものにしていかねばと思っております。
司会 ニュージーランドのクライストチャーチは、世界で最も美しい都市の1つといわれているそうですが、ここは自然の中に街があるという都市づくりをされてきたということで、「花と緑の日本一」を掲げる富山も1つの目標にしたらと思いますが。
水上 これは非常に良いことに間違いはないのですが、それをどう管理するかということを、都市部では特に考えておかねばならないですね。
農業用水の場合、現在は用水土地改良区が維持管理をしています。農村部の方の管理は、農家の方が年に1回か2回出て、自分たちの体をかけて川ざらいをしてきれいにしているわけです。都市部の方は、それを誰もやらないんです。今、下水道を整備しようという話は当然ですが、整備されるまでは誰もやらないんです。
しかし、きれいにしてくれという要望はあるんです。そうすると、先ほどもご指摘がありましたけれど、三方コンクリのほうが管理しやすいわけです。ところが、身近な水辺とか、失われつつある自然をいかに残すか、という反省に立って、より潤いのある自然景観を残そうと思うと、その後のメンテナンスの問題で、都市部の方の協力と理解をどう浸透させていくかというのが、すごく重要な仕事かなという感じがします。
藤田 やはり、これは最終的には教育に尽きるんじゃないかと思います。だから、私はよく言うのですが、小さい子どものうちに徹底的に環境に対する教育、道徳教育をやるべきだと。知・徳・体育と言われてますが、徳育というのが欠けていると思います。今のうちからそのように教育して行くと、10年、15年、その子どもたちが大人になった時期には、環境に対して、理屈抜きで日常に自然な行動ができてくるのではないかと思います。地道ではあるけれども、非常に長いスパンで考えざるを得ないと思うんですね。
司会 私は小学5年の時にボーイスカウトに入り、自然をいろいろ学びながら、人間が自然にマイナス要素を与えてはいけないという教育を受けたように思います。確かに、教育面を大切にするということは、とても重要ですよね。
▲小川が流れる光景は、日本人の心のふるさとでもある。
佐々木 自分がゴミを捨てることでこんなにひどくなるんだ、ということを、もっと知ってもらうための手段を考えていかないといけませんね。それを誰がやるのかというと、やはり社会教育であり、家庭教育であると思います。
子どもたちを自然あふれる状態の川へ連れて行こうと思っても、ずっと上流まで行かないと無いんですね。もちろん、手間暇もお金もかかることですが、美しい自然を守っていくという姿勢が大切ですね。
日本人の美意識で川を見つめ直す
笹倉 日本人の美意識の根源には常に、樹木と水があると思います。古代の平安朝時代のいわゆる寝殿造りの庭から、現代に至る庭園の技術を見ますと、常に水は主テーマになっているんです。それは池であったり、川であったり、流れであったり、先ほどクライストチャーチの話が出ましたが、その街のエイボン川の扱いは、まさに日本人の美意識にぴったりくるんです。そのような美意識で川をもう一度眺め直してもらいたい、というのが私どもの言いたいことなんです。
例えば、今の子どもたちが川をどのように認識するかということですね。子どもたちは、両岸がコンクリートできちんと囲まれたのを川だと思っていますから、水辺から樹木が生えているような川は連想しないんです。これでは、子どもたちが可哀想ですね。
司会 半俵川のケースは、貴重な自然を少しでも残して、さらに後世に伝えていく一つのモデルケースかと思います。そんな場所が1カ所でも増えれば、われわれ人間の中にある自然に対する憧れというか、郷愁が満たされ、心も癒されると思いますね。
どこもかもみんな三方コンクリになって、自然の面影がどこへいったやらという川ばかりになったら、人間の心までが殺伐としていくような気がしてならないんです。あちこちで自然が残されていくということが、都市化が進めば進むほど、調和を保っていくためにものすごく大切だと思うんですけどね。
大沢野の方に昔ながらの小川が流れている所がありまして、「このような風景はいつまでも残しておきたい」との思いで写真を撮って来てうちの子に見せましたら、「これはトトロの世界だよ」と。そう言われてみると確かにその通りで、こういった美しい自然の中にはいろいろな小動物が生きているのでは、と思わせるような、そんな夢をかき立てる場所なんですね。私たちが子どもの頃は、このような場所がたくさんあったのですが、どんどんなくなってきていますね。
身近な自然を守るのは地域を愛する心
佐々木 市民エゴというのがあって、早くしてくれということになれば、行政の方としてもやらざるをえなくなるのでしょうね。
司会 住民が自然の大切さを本当にしっかりつかんでいれば、もし行政の方から三方コンクリートにしたい、というような提案があっても、それは困る、自然の風景を残してほしい、と要望できるでしょうし、また住民側がコンクリートにしてすっきりしてほしいと言った時に、行政側にビジョンがあればこの自然環境は残すべきと、逆に住民を説得して理解いただくということも必要になってくるでしょうね。
今、身近な自然を守っていくことが、とても重要だと思います。このような自然の問題についてどのような法律があるか少し調べてみたのですが、天然記念物のようなものは全く手を付けられないようになっていますけど、身近な自然に対しては野放し状態なんですよね。
水上 身近な自然を守るための法律はないんです。
藤田 身近な自然は、地域の住民が守ってきたという歴史があるんですね。
水上 そうですね、おっしゃる通り。今まで身近な自然というのは行政が手を付けないで、そこの近辺の方が守っておられた。まさに半俵川の「松」の例そのものです。
だから私たちはどこにどのような守らねばならない自然があるか、データを示していきたいと思っています。皆さんでそれを議論されて、行政が権力で守るのではなくて、住民の意志で守るということが理想でしょうね。
司会 そうですね。身近な美しい自然をいかにして守っていくかということは、結局、住民が地域にどれだけ愛着を持っているかが試されているのだ、ということにつながります。一人ひとりが自分たちの街に誇りを持って、大切な自然を守っていきたいですね。
▼「となりのトトロ」の映画に出てくるような雑木林の丘。