2025“水の都とやま”推進協議会パネルディスカッション〈後編〉サンアントニオ市から姉妹都市の申込みを受け40周年“水の都とやま”にふさわしい 夢のリバーウォークを誕生させよう!

さる5月11日㈰、“水の都とやま”推進協議会では有識者に参加いただき、パネルディスカッションを開催しました。
その内容を、前月(7月)号と2回にわたって掲載します。今回は後半の、パネリスト以外の出席者の方からのご発言を中心にまとめました。

◇パネラー 〈順不同〉 
 酒井信久さん(前富山県富山土木センター所長)
 京田憲明 さん(富山市民プラザ社長、元富山市都市整備部長)
 川田文人 さん((一社)北陸経済研究所 元理事長、”水の都とやま”推進協議会副会長)
 池田安隆 さん(㈱池田屋安兵衛商店代表取締役社長、”水の都とやま”推進協議会監事)
 小竹和博 さん(サンヨウ㈱代表取締役社長、”水の都とやま”推進協議会理事)
 小林 誠 さん(富山日野自動車㈱代表取締役社長)
 林 泰三 さん(㈱堀江商会代表取締役社長)

◇発言者〈発言順〉
 祖川裕美 さん(アコースティックユニットP-chan組)
 今井 均 さん(㈱サクセスブランド 代表取締役社長)
 澤田悦守 さん(富山中央食品㈱ 代表取締役会長)
 尾山謙二郎 さん(富山県議会議員、”水の都とやま”推進協議会理事)

・コーディネーター/中村孝一(グッドラックとやま発行人、”水の都とやま”推進協議会理事長)

(7月号より続く)
中村 それではパネリスト以外の出席者の方からも、ご意見を伺いたいと思います。県にお願いし、25年前に松川茶屋の向かいに「リバー劇場」という川の劇場を作っていただいたんですが、ここで毎年、「リバーフェスタ」を開催しています。このイベントに出演し、川べりの雰囲気を楽しんでいただいている祖川さん、いかがでしょうか?

松川を活かした魅力ある
まちづくりで活性化を

祖川 「リバーフェスタ」では私のような歌だけではなく、フラダンスや楽器の演奏などもあり、賑わいのお手伝いをさせていただいています。昨年は悲しいことに震災の影響で野外劇場が使えず、反対側の松川茶屋の横の川べりでの開催となりましたので、元のように川べりの舞台が復興されることを期待しています。
 皆様方のお話を伺って、私の感想を少し申し上げると、地元富山にばかりいると、たくさん良さがあっても気づかず当たり前のように思ってしまう。私も周りに田んぼや畑がいっぱいで、小川も流れてという場所で遊んで育ちましたが、観光化ももちろん大事ですが、先ほどもお話あったように、子ども達が安心してのびのび遊べるような川べりになったらいいのかなと思います。

中村 実際にサンアントニオに行かれたことのある今井さんはいがでしょうか?
今井 私は世界88カ国に広がった仕事をさせてもらっていますが、2年に1回ある大会がほとんどアメリカで、今年もサンアントニオであります。私はこれまでに2回、行っていますが、そこのコンベンションの会場で、1週間ほどいろんな催し物があるんです。川べりを歩いていると、本当にたくさんの観光客でどこのお店も満員です。行く前はいろいろ不安だったんですけど、家族と行っても全然問題なかったですね。
 本当にゆったりとしていて、素晴らしい場所だなと思っていたのですが、それがまさか松川と繋がっているとは驚きでした。中村さんに声かけていただいて、初めてそういうことに気がついたわけですが、行ってきた者としても松川はそれに匹敵する場所ではないかと思っています。サンアントニオは世界中から、観光客が毎年1000万人を超える人が来ているんですが、富山もそういうふうになる可能性はありますね。

▼豊かな自然と人々の賑わいが調和した、アメリカ・サンアントニオのリバーウォーク。

中村 澤田さんは、桜木町に会社を持っておられることもあり、お父様の要作さんが生前、松川に太鼓橋のような、ちょっとデザインが楽しい橋があったらいいなと仰っておられましたね。

澤田 私の父は市役所と佐藤工業さんとの間に、人が通れるくらいの小さな橋を架けたらどうかと言っていました。すると、市役所から桜木町を通って、総曲輪通り、日枝神社までが一直線になるわけですね。で、それを、銀座通りではないんですけども、メインストリートにして、人の回遊性をもっと高めて。観光客の方にも喜んでもらえるような通りにできたらということで……。すぐ横に橋がありますので(笑)、無駄だという人もいますけれど、それが私の父親の夢でしたね。桜木町に賑わいを持たせる意味もありますし、松川そのものの人気ももっともっと上がればいいかなということだったんでしょう。
 しかし、松川に遊覧船の運航が始まっていなければ、桜木町はもっと寂しい街になっていたでしょうね。ようやく、第一ホテルさんの跡地の再開発予定も決まりました。これから、5、6年かかりそうですが、それを機に富山全体が賑わうよう期待しております。

中村 皆さんのご意見を聞かれて、酒井さんからもう一言お願いします。

市民の理解を醸成する仕掛けづくりを

酒井 市民の理解を広げるという点では、神通川の廃川敷にお住まいや職場のある会員の方はいらっしゃいますか?神通川の廃川敷にいらっしゃれば、それは松川に十分関わっておられる方ということになります。
 また、法の世界の中で仕事をやっていくのは当然なんですけど、その壁を乗り越えてやるのが、行政のポイントになったり、政治のポイントになるような、そういう考え方を出せるかどうか、ですね。そういう視点が大切だと思います。その時に、歴史や文化、観光などの資源をしっかり見直す、ということはやらなきゃいけない重要なことだと思います。
 夢を描いても、そこへ至るプロセスとしっかりマッチングさせることが大切ですね。どういう手法でやるか、というのをマッチングさせる。で、それをやろうとする時には歴史や人の思い、それに至った人の思いなどをしっかりもう1回捉えるということです。
 遊覧船で駅北と繋げる話がありましたけど、物理的に繋ぐのはかなり難しいです。けれど、精神的に繋ぐことはできるんじゃないかと思いますね。神通川の廃川敷の歴史で繋がれる。その発想で繋げる。あそことここは、物理的に繋がらないけど、精神的にしっかり繋がっているんだよ。歴史的に繋がっているんだよ、と。それらをちゃんと把握して全部まとめて一つのコンテンツやわかりやすい資料を作ることができれば、市民の理解も得られやすいでしょうし、そういう方向を醸成しやすいかなと、思いました。

中村 京田さんはいかがですか?

京田 市民の気運の醸成という話で、林さんのお話を聞いて思ったんですが、ここに参加してる人たちはみんな、松川が大事だとか、松川をよくしていこうとわかってる方だと思うんです。そこで、わかってない人にどうわかってもらうかということになると、やはり、子ども達にとりあえず、遊覧船に乗ってもらう。かつて、富山市民・県民が小学校の6年生になったら立山登山したように、1回、松川の船に乗ってみようよと。脇の道路歩くのと船に乗るのでは、まったく景色が違う。もう別世界ですから……。
 それを子ども達に経験してもらって、「お父さん、もっと松川をキレイにしようよ」「おじいちゃん、もっといいのにしてよ」という声をあげてもらうと、子どもや孫が言うんだから、やっぱりやらんなんかなという気持ちに大人がなるのではないかなと、そんなことをふと思いました。

松川は歴史に根ざした大切な遺産

中村 県議の尾山さんはいかがでしょうか?

尾山 これまでは、いろんな意味で歴史をないがしろにしてきた面があると思いますので、富山の歴史、郷土史も含めて、子ども達にきちんと教えていくということはとても大事だと思ってます。
 福井県の勝山市に勝山大仏というのがあります。日本の3大大仏は、奈良と鎌倉と高岡だと聞いていますが、勝山大仏はその3つよりもかなり大きくて、とても豪華なんです。門前町みたいなものもありますし…。けれど、私も実際に行って見てきましたが、やはりこの大仏は3大大仏とは何か趣が違うんですよね。
 由来を見ると、地元出身の経済人の方が、故郷に名所を作りたいと思って造られた大仏らしいということがわかりました。そこで改めて思うのは、人の気持ちを惹きつけるのは、やっぱり歴史的な遺産だということです。その中で富山市のことを考えた時に、戦災で焼け残ったものは、電気ビルや県庁など、ごくごく限られていますよね。池田さんのお店(池田屋安兵衛商店)も、富山ならではの歴史を求めて来られる方々が多いと思います。そう考えると、神通川の廃川地を通っている松川というのは、残っている大事な歴史の遺産だと思うんですよ。
中村 確かにその通りですね。

広い視点からの発想で諦めずに議論を

尾山 松川をしっかり立て付けして、観光地に変えていくことっていうのは、富山の観光にとっては極めて大事だという思いで、議員にさせていただいた6月の初回の議会で、まさにその「松川と環水公園を繋げないか」という質問をさせていただきました。いろいろ調べると、物理的にはかなり難しいんです、実際。できないことはないですが、とんでもないお金がかかるんですよね。しかも、まちなかを通ってますから、県だけでできることでないですし、市と一緒に、まちなかをどうするかという計画も含めて立てていかねばならないですから、かなりコスト的とエネルギー的にかかるんです。それだけのものを税金で投資して、どれだけの費用対効果が生まれるかということも、すごく大事な話ですし、乗り越えるべきロジックがたくさんあります。
 ただ、物理的には難しいんですけど、たぶんできないことはないのかなと思うんです。ただ、そこに対する道のりは、かなり難しい道のりだというのは感じました。
 けれど、諦めるわけにはいきませんし、僕もコツコツ、大事な課題だと思って、県政の方でいろんな質問も投げながら、取り組んでいきたいと思っております。

川田 かなりの規模というと、具体的にはどの位でしょうか?

酒井 金額は簡単にははじけないですね。というのは、絵が描けないからです。絵が描けないのは、河川法や治水という機能があって、そこを超えて絵を描くことができないからです。繋ぎたいという強い気持ちはあっても、河川を改修すると、川底を下げて、川幅を広くしてやりますので、どうしても上流との水位差ができてしまいます。今でも課題になっておりますが、そういう難しさはあると思います。

尾山 そこで閘門が必要になり、莫大な費用がかかるわけですね。

中村 これについては長い間、県とも協議してきたのですが、方法が2つあって、1つは今の閘門を作る方法。もう一つは、酒井さんが仰られたように川底そのものを掘り下げる方法です。しかし、水を流すだけの役目の川に、それだけの予算はかけられないということでしたね。

尾山 土木的な発想では治水が中心になりますから、なにか別の予算組をしないと進まない話ということになりますね。

中村 確かに、そこがいちばんネックになっている問題であり、更に大きな視点で進めていく必要があると思います。課題は多いですが、少しずつ諦めずに前に進んでいけたらと思っておりますので、今後とも皆様のご協力をよろしくお願いいたします。本日は誠にありがとうございました。

▼いたち川との合流点でUターンする松川遊覧船。この先を富岩運河まで運航するには課題が多い。

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