・ グッドラックとやま 2026街づくりキャンペーン ・松川を活かし、潤いあふれる街を目指そう!

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松川を活かし、潤いあふれる街を目指そう!

 1988(昭和63)年4月にオープンした松川遊覧船が、今春も運航を開始した。2024(令和6)年1月の能登半島地震で被害を受けた護岸は、3年がかりで復旧工事が進められており、今年度末の完成を目指している。街に〝潤い"を与える水辺空間として、今後さらなる進化が期待される松川の未来像について考えてみたい。

松川から始まった水辺を活かした街づくり

 「県都・富山市中心部に、水辺を活かし、自然・歴史・文化に根ざした観光スポットを創ろう」との弊誌『グッドラックとやま』の提案により、松川遊覧船を運航する「富山観光遊覧船株式会社」が設立されたのは1987(昭和62年)。運航が開始されたのは、その翌年1988(昭和63)年4月のことである。
 その同じ年の9月に「’88とやま国際水シンポジウム」が開催され、1991(平成3)年には「県ふるさと水のルネサンス構想策定委員会」が設置されるなど、富山県では〝潤いある水辺景観づくり〟に取り組み始めた。 
 さらに同じ年、富山県企画調整室から『ふるさと環境総合整備ガイドライン』が発行され、現在の川の問題点について、次の3点を挙げた。
①県土を貫くシンボリックな自然軸として、県民はもとより県外の人々にもアピールする治水、利水、親水機能が調和したテーマ性のある環境整備がなされていない。
②電源開発、水源開発、砂防等に伴うダム、堰堤による河川の人工化・分断化が進行しており、自然環境や河川景観の改変が進んでいる。
③堤防や護岸等の河川管理施設における環境面への配慮が不足している。
 そして、これらの課題を解決するため、整備目標に「自然との調和を象徴する水と緑と花の河川軸の創造」を掲げ、整備テーマとして「水際の(近)多自然型工法の導入」「生態系に配慮した護岸の整備」が謳われていた。

河川法の柱の1つとなった「環境」

 富山観光遊覧船株式会社の設立から10年後の1997(平成9)年、河川法が改正され、「治水」、「利水」に「環境」が加えられ、3本柱となった。従来の治水利水一辺倒の河川整備が見直され、「生態系や景観に配慮すること」が河川管理者の法的義務になったのだ。
 これは日本の河川行政における「歴史的転換点」と呼ばれており、この改正によって川づくりのルールが根本から変わったと言われている。
 特に松川は、明治後期からの馳越線工事によって神通川が直線化され、その名残を残す川として整備されており、流量を人工的にある程度コントロールできるという特徴を持つ。この特性を活かし、潤いある水辺空間のシンボルを創ろうと「松川遊覧船事業」が始動したのは、河川法改正の10年前のことだった。官民連携で設立されたこの遊覧船事業は、「水辺活用のパイオニア」としての役割を持ち、これまで多くの自治体や民間事業者からの視察を受け入れてきている。

▼松川遊覧船の運航は、人々が川に関心を持つきっかけを創り出した。

 「松川遊覧船」を生み出した弊誌では、以後も一貫して「松川べりをさらに魅力的な水辺の空間にしよう!」とのテーマで、座談会を開催したり、特集記事を掲載。様々な切り口で、さらにより良くと問題提起を行ってきた。
 中でも「潤いある水辺」を創出するためには、〝自然あふれる〟護岸整備が必要であることを、各地の例を上げて提唱してきており、松川の理想の姿を追求している。

歴史と自然を活かし、独自性ある水辺の創造を

 ここで、これまで紹介してきた世界的にも有名な〝潤いある水辺〟の中から、2例を改めて紹介してみたい。重厚な歴史の重みを持つブルージュ(ベルギー)と、自然の美しさを活かしているクライストチャーチ(ニュージーランド)である。

・ブルージュ(ベルギー)

 ベルギー北西に位置する西フランドル州の州都・ブルージュは、9世紀ごろの文書にもその名を残す、ヨーロッパでも有数の古い街だ。街を取り囲む城塞に沿って縦横に走る運河には、50を超える石造りの橋が架かり、緑したたる草木が水面に照り映える〝水の都〟でもある。その美しさはまるで絵画の中の世界に迷いこんだかのようであり、「屋根のない美術館」とも呼ばれる。
 かつて水運を通じて北海ともつながり、ハンザ同盟(中世北欧商業圏を支配した北ドイツ中心の都市同盟)では、毛織物の交易で栄えた。15世紀には、ヨーロッパ北部最大の商業都市として頂点をき わめたが、その後急速な海岸線の変化によって海路交通が閉ざされ衰退。しかし、それがかえって昔の姿をそのまま留めることにもな ったという。
 その後、ブルージュは歴史の舞台から取り残され、中世が封印された廃墟に近い街になっていた。しかし19世紀末のベルギーの詩人・ローデンバックによる小説『死都ブルージュ』が、1920年に『死の都』としてオペラ上映され大ヒット。また、「見捨てられた街」として画家クノップフが描いた作品が有名になり、中世のテーマパークとして復活し、今に至っている。
  「北のベニス」としても名高いブルージュだが、中世に栄えた街としての味わいの深さは、べニス以上。豊かな緑に包まれた運河と古い建物は、はるかに静けさと落ち着きを感じさせる。ひっそりと建つレンガ造りの家、濃い緑とコントラストをなす白鳥たち……。すべてが、ブルージュの素朴な白然とマッチし、美しいハーモニーを奏でている。

▼その名が「橋」から由来しているというブルージュ。

・クライストチャーチ(ニュージーランド)

 ニュージーランド南島東海岸 に広がる、肥沃なカンタベリー平野。その中央に位置するクライストチャーチは、人ロ約41万人 (富山市の人ロとほぼ同じ)、南島最大の都市である。街の中央には、ゴシック様式の大聖堂がそびえ立ち、その中程にある展望台からは、〝ガーデン・シティ〟と呼ばれる美しい市内を一望することができる。
 大聖堂から西へ700メート ル。東京・明治神宮外苑の3倍はあるハグリー公園が見える。その中央をえぐるように流れているのが、エイボン川。川べりには美しい緑のじゅうたんが敷きつめられ、春にはサクラが咲きほこる。
 この街を訪れた富山地鉄の元社長・緒方裕氏は、その時の感動を次のように語っている。
 「水量豊かな川がうねうねと流れているのです。水の流れは緩やかで、川べりは芝草が敷きつめられ、桜や柳などの巨木が枝葉をふさふささせ、川面には鳥が浮かび、芝の上にも鳥が散策し、そこでは恋人たちや若い夫婦がベンチに腰かけ語らっている。何とも言えない風景でした。富山にもこんな所があったらいいのに、と強く感じました」
 エイボン河畔の緑は、街の顔といわれるほど見事で、川には38の橋が架かり、その下を遊覧船がゆったりと通る。移り変わる自然の美しさを、舟からのんびり眺めながら観光を楽しむことができるのも、大きな魅力の一つだ。〝ガーデン・シティ〟クライストチャーチの象徴は、まさにこのエイボン川なのである。
 2011年のクライストチャーチ地震後、復興プロジェクト「エイボン川・プリシンクト」を実施。以前は車道だったエイボン川沿いの約2キロを、歩行者や自転車に優しい緑豊かな川沿いの公共空間に再整備し、さらに自然と親しめる空間となっている。(松川べりの車道も公園化できないかとの提案を行っているが、現在は実現していない)

▼自然豊かな緑の中を、ゆったりと川が流れるクライストチャーチ。

松川の再生を期にさらなる前進を

 河川法の改正により、「治水」「利水」に「環境」が加えられてから約30年。これまで弊誌と松川遊覧船では、松川河床に堆積した土砂の浚渫や水位の一定化、松川茶屋周辺の親水護岸など、管理者である県へ提言を行い、松川の価値を高め、可能性を最大限に活かすべく模索してきた。
 この松川べり一帯が、お花見シーズンだけではなく、1年を通して街なかの〝潤い空間〟となることは、その歴史性からも大きな意味を持っている。現在、策定が進められている「県庁周辺県有地等有効活用」構想と連動して、松川べり一帯と富山城址公園が県都・富山市のシンボルゾーンとして再整備されれば、回遊性も高まり、県民市民のシビックプライドの醸成にも大いに役立つのではないだろうか。
 2024(令和6)年の能登半島地震により松川の護岸は被害を受けたが、3年がかりで復旧工事が進められており、2026年度末には工事が完了する予定だ。(今回の復旧工事は原状回復が目的で、前述したクライストチャーチのような「復興プロジェクト」は、松川では特に行われていない)
 現代の災害復旧は、元に戻すだけの「復旧」ではなく、将来の価値を高める「創造的復興」が世界のスタンダードだと言われている。今回の復旧した松川を、新たな時代の幕開けと位置づけ、さらによりよく、と歩を進めていくことが望まれる。

収益性の向上が課題解決に繋がる

 河川法の改正から30年経った今、「環境」を大切にする上で例えば次のような課題が生じてきているのも事実だ。
・自治体の財政難による管理コストの削減
・激甚化する豪雨などによる、災害リスクの高まり
 松川の可能性を最大限に引き出し、その価値を活かすことで収益性を生み出す。その収益を魅力アップや維持管理・改良工事等に使う。この循環を作り出すことが、今後の大きな課題と言えるのではないだろうか。

▼県都・富山市の街の「かお」として、さらなるレベルアップが期待される松川。

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