“水の都とやま”の創造が 市民の誇りを育んでいく

創刊40周年記念企画
シリーズ 〜グッドラック40年の軌跡〜 ⑪

中村 孝一 (月刊グッドラックとやま発行人)
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水上啓子(富山シティエフエムパーソナリティ)

(2017年4月4日放送 富山シティエフエム「スマイル」より要約)

40年前、松川はドブ臭に覆われ、死に瀕していた。“川はそこに住む人の心を映し出す”と気づき、“心の糧を与えてくれる雑誌”を創刊。座談会を開くと、「友達が遊びに来ても連れて行くところがない!」と悲痛の叫び。その悔しさが、松川遊覧船を誕生させることにつながった。“水の都”の創造が、市民の誇りを育んでいく。

水上 「グッドラックとやま」創刊40周年、おめでとうございます。どのようなコンセプトの雑誌か、お話しいただけますか?

中村 創刊の時に掲げた編集方針が、「われわれに心の糧を与え、われわれを勇気づける記事を取り上げ、高い理想と、希望と、向上心を絶えず持ち続けるよう、読者を激励する」というものです。

水上 高い志で始められたんですね。ページをめくると、身近な話題もたくさん出ていますね。

中村 創刊時はアメリカの雑誌社と提携して、そのうち地元の記事を読みたいと言う声に、現在のスタイルになっていったんですよ。

水上 私は、まずコンパクトさに惹かれるんですけど。

中村 実は持ち運びが便利なように作られているんですよ。

水上 形はずっと変わらない?

中村 途中で大判にした時、読者から持ち運びに不便になったと言われ、元に戻したんです。

水上 読者の声を反映されておられるんですね。

中村 ええ、よく座談会を開いて、そこから市民の要望を見つけ出しています。30年前の座談会で若いご婦人の方が、「東京から友達が遊びに来た時、他県へ連れて行ってしまった」と。「本当は城址公園とかに連れて行きたかったけど、見せるのが恥ずかしくて」と、声を詰まらせたんです。
 郷土愛の強い人ほど、「連れて行くところがない」と、非常に悔しい思いをしておられることがわかったんですね。そこで、富山の中心部に何か観光名所を作らねばと思い始め、富山の歴史を勉強すると、松川が神通川だった時代、笹舟や帆船が行き交い、賑わっていた、ということがわかり、それでは遊覧船にして乗ってもらったら、どんなに喜ばれるかなと。
 観光名所を作れば、市民が自分の街に誇りを持てるのではないかと、30年前に遊覧船をスタートさせたんです。

水上 「グッドラック」と「富山観光遊覧船」がどんなふうにつながっているのかしらと思っていたんですが、「グッドラック」があったからこそなんですね。

中村 ええ、県や市の観光関係者からも市内中心部に観光名所を作ってほしいと相談を受け、遊覧船を松川に浮かべられたらいかがですか?と。アイデア提供のつもりで言ったんです。すると、そういうソフトの事業はとても行政ではできない、民間でやられるなら行政が応援しましょうと。
 そこで、富山を代表する企業の社長に相談すると、皆さんも悔しい思いをしておられ、行政がやれないんなら民間でやろうと。

水上 たくさんの方のお力添えや、思いがあったんですね。

中村 出版社が観光事業までやるべきか、と思ったんですが、皆さんに「情熱を持った人でないと、この事業は成功しない」と説得され、結局、私が引き受けざるを得なくなったんです。

水上 情熱が人一倍おありだったんですね。

中村 情熱だけはあったんです。

水上 中村さん、そこなんですよ(笑)。私は、遊覧船の歴史は、私の生まれる前からかと思っていたので、立ち上げからのお話を聞けて、すごく嬉しく思います。

中村 私自身、小学5年生の遠足で兼六園に行ったんですね。すると、街なかなのに自然がいっぱいなのに驚いたんです。
 園内をガイドさんが旗を持って、誇らしくガイドをしている。その時、誰もいない城址公園がオーバーラップして浮かんだんです。あまりの違いに、ものすごく悔しい思いをして、富山にもなんとかガイドができる名所を作りたいと。今、松川遊覧船の船長たちは、世界中からやって来る観光客に、誇らしくガイドしています。

水上 雑誌にも松川に関する記事が載っていると楽しいですよね。

中村 富山をどこにも負けない魅力的な街にしたい、という思いで特集を組んでいるんですよ。

水上 去年の創刊記念号では、「富山の街のシンボル、松川の夢を語ろう」が掲載されていますね。

中村 実は市民も、松川が宝物だと気づいてなかったんですね。

水上 本当に、私もそうでした。

中村 1985年、アメリカ・テキサス州のサンアントニオ市から、わが街に姉妹都市の申し込みがあって初めて気づいたんです。なんと、サンアントニオは「全米ナンバーワンの人気都市」なんです。

水上 えーっ! そんなことが?

中村 それで、自分たちと似た川が流れる富山市と姉妹提携したい、と。それを知った森市長が、部長クラスと11人連れて訪問し、御礼を述べてこられたんですよ。これからも友好都市として関係を深めていきたいですね。

水上 サンアントニオは、どのように川を生かしておられるんでしょうか?

中村 松川と同じ川幅で、同じような橋が架かっているんですが、レストランやホテルが川のすぐ横にあり、まるでディズニーランドのような楽しい世界が広がっているんですね。

水上 川とお店が一体なんですね。

中村 松川で言うと、河畔に川の街が広がっているんですね。

水上 富山も、松川にいろんなお店がずらりと並ぶと、とてもおしゃれな感じになりますね。

中村 パラソルがあったり、おしゃれな椅子が並んでいたり。

水上 そんな風にはできないものでしょうか?

中村 ええ、実現を目指して、「〝水の都とやま〟推進協議会」を立ち上げましたので、関心のある方はぜひお問合せください。

水上 「グッドラック」の特集『松川ルネッサンス!21世紀の夢』を読みましたが、こんな風になったら素晴らしいですね。賛同される方はたくさんいらっしゃると思いますよ。私も是非参加したいです。
 「月刊グッドラックとやま」を読むと、本当に夢が広がりますよね。私だったら、ここにこんなお店があったらいいなとか、いろんな思いが出てきますね。

中村 皆と語り合って、世界に一つの〝水の都〟を創造しましょう。サンアントニオは、「全米ナンバーワンの人気都市」に輝いた街。人口も50年ほどの間に、60万人から130万人に増加。コンベンション都市としても成功し、世界中から年間1400万人も訪れます。

水上 それこそ参考にさせていただいて、取り入れられるところはどんどん取り入れて、富山市をますますいい街にしたいですね。

中村 観光客が来れば、市内のホテルもお土産屋さんも賑わい、タクシーや路面電車も活気づきますし、立山黒部アルペンルートにも行っていただく。

水上 すべては〝松川〟からですね。

中村 県の元土木部長の嶋倉幸夫さんは、「松川ルネッサンス」という言葉で、松川から始まる夢を語っておられます。

水上 夢を語るということは、本当に素晴らしいことです。

中村 私たちは東洋のベニスを目指していますが、先だって本場ベニスから来られた方が乗られたので、「ベニスと比べて松川遊覧船はいかがですか?」と聞いたら、「私はベニスのゴンドラには乗ったことありません」って言われ、ビックリしまして。

水上 えーっ! そんなことがあるんですね。

中村 私たちはベニスへ行ったら、必ずゴンドラに乗ってこようと思いますよね。二度と行けるか分からないし。それなのに、地元の人は乗ったことない、と。

水上 それは驚きますね。

中村 だから、富山市民も松川遊覧船に乗っていなくてもいいのかなと。

水上 でも、市民は、桜の時期だったら乗りたいな、と思いますね。

中村 実は桜が終わった後が、又いいんですね。新緑の若葉が芽吹いてくる新鮮さ、川面も渡るそよ風が心地よく、「ここが富山さ!」とささやいて口づけする。秋には紅葉が美しいですし…。

水上 こんなに春夏秋冬と違った景色を見せてくれる松川の素晴らしさを、私たちは何も知らないんですね。木々の美しさ、そよ風のささやき、鳥の楽しいさえずり、いろんなことを体験できるのに…。

中村 ウグイスの鳴き声を松川で聞くと非常に嬉しいですね。カルガモが舟先案内をしてくれ、アオサギが魚を捕らえるところを見られたりしますしね。
 桜が満開の頃になると、箏の先生が来られて演奏されたり、大変賑わいますよ。
 この前ある方から、「中村さんは桜の下にいつもおられるから、桜の精気をもらっていつも若々しいですね」と言われたんですね。皆さんも「松川遊覧船」に乗って、桜のトンネルを行き交うと、きっと若返られると思いますよ。

水上 きれいだなとか、素敵だなとか感動する心を持つと、表情も生き生きしますし、気持ちもいつまでも若々しくいられると思います。皆さん、遊覧船に乗って若返りましょう!

中村 そして、夢見ることを忘れずに! 多くの方に「〝水の都とやま〟推進協議会」に参加していただき、神通川から誕生した川の街の夢を語り合いましょう。理想を持ち続ける限り、私たちは若返っていくことができるのです。


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