バリトンリサイタルに夢のせて!

声楽家 浅岡節夫さん
Setsuo Asaoka

 88歳、米寿を記念し、バリトンリサイタルを国内で初めて企画した。
 1931年4月29日(天長節)生まれ。「藤原義江の『出船の港』、ドントドントを聞きながら、産湯に浸かっていました」。レコード好きの父が買ってくる歌をすべて覚え、周りを驚かす。新天地を求め、父が親しかった岸信介、椎名悦三郎と共に、家族全員で満州(新京)に渡るが、支那事変がおこり、帰国、神奈川へ。東京・目黒で小学校に入学。麻布の中学に入学する頃には、大東亜戦争が激しくなり、本所・深川の大空襲を機に富山へ。富山中学2年の時、8月2日未明の富山大空襲で、再び戦災に遭う。失意の中、処女作〝幻滅〟(北原白秋・詩)を作曲。「音楽が私の精神を支えてくれました」


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