地球環境の保全に貢献したい

サンヨウ株式会社 代表取締役社長
小竹 和博 さん


▲酵素を入れて美しくなった池を指差す小竹社長

 太陽光発電システムの販売に10年以上も前から取り組み、最近では、富山城のお堀をきれいにする為の新しい方法を社内で実験したり、屋上緑化やソーラーライトの普及に努めるなど、環境分野に注力しているサンヨウ㈱。「心地よさ、健康、合理性の追求」を経営理念に、「住、エネルギー、地球環境」に貢献できる企業をめざしている。また、常にお客様の立場に立ち、真に求められる商品・サービスを追求しているという。同社の小竹社長に話を聞いた。

 

 「先代が創業して、来年50周年を迎えるのですが、当初は住宅設備機器の卸売りをしていたようです。父の兄が小竹金物㈱の創業者で、子どもがいなかったため、父が兄のところに養子に入りました。その後、父が、違った毛色の商品を扱いたいということで、小竹金物㈱から別会社で独立させてもらったというのが当社の始まりです。ですから、小竹金物㈱の創業者の孫ということになるんですが、本当はおじさんなんです」
 小竹社長自身は、父の会社を当初は継ぐ予定ではなかったそうで、突然父が亡くなったため、誰かが責任を持って引き継いでいかなければならないということで、跡を継ぐことになったそうだ。
 「創業当初、あるメーカーの代理店をしていて、父が家庭用の灯油式ボイラーを開発したらどうかと提案し、それが受け入れられて、日本中に灯油式ボイラーが普及していったということもあったようです」
 36歳で、会社を引き継いで以来、人材育成に力を注いできた。
 「会社にとって、人が一番大事。ですから、人を簡単にリストラするということは避けてきました。かといって、何もしていない訳ではなくて、環境に関連したいろいろなことを手がけてきています。それと、社員にあまり口出しをしないようにして、自分で考える社風にしていきたいと思ってやってきています。今、確かに厳しい時期ですが、頑張っていれば必ずまた良くなると思っています」

 

おだけ・かずひろ●
1953年12月24日生まれ。富山市出身。A型。富山市五番町小学校、芝園中学校、北部高校卒業。高校卒業後、上京し、デザイン関係の仕事を目指すが挫折し、建材関係の商社に中途採用で入社。5年程経って、転職し、群馬県高崎市へ。その後、大阪に異動となり、そこで勤務中に急病で倒れ、手術を受け、一旦富山へ。結婚後、再度、所長という立場で高崎に行く予定だったが、父が急遽亡くなり、跡を継ぐことに。1990年から社長を務める。 ◆尊敬する人/リンカーン「人のために、自分の損得なくやってきた人を尊敬します」 ◆好きな言葉/「ありがとうございます」 ◆印象に残っている旅行先/タイ「何十年も前に行ったんですが、きれいな観光地もいいんですが、少し外れた路地裏も良かったです。現地の食べ物も好きですね」 ◆家族/妻、長女(大学4年)、次女(大学1年)、長男(中学3年)

 

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