富山は「観光拠点都市」を目指そう!

訪日外国人(インバウンド)が楽しめる魅力的な都市を

政府は、訪日外国人旅行者を4000万人、5000万人にしようとしていますが、国内に受け皿を作らなければいけません。私は、富山は金沢のような「観光都市」にはなりきれないけれど、「観光拠点都市」にはなれると思います。富山は、東京、名古屋、大阪のちょうど中間の距離にあるからです。30年先、50年先になると、中国、韓国、ロシアが中心になって交流する日本海時代が来ると予測しています。その時に、やっぱり富山が一番だねと言われるよう、その準備をしておくべきではないかと思います。観光客が何を求めているのかを考えて、四季に合わせて様々なツアーを企画すると同時に、魅力的な都市を作っていく。多様な客層を受け入れることができるよう、少しリッチな気分や食べ物を味わいたい人達のためのホテルも作っていく。
 私は、富山城址公園のようにきちんとしていて、コンパクトにまとまった公園を持っている都市はそれほどないと思っています。ですから、ミニセントラルパークだとよく言っているのですが(笑)。この城址公園の周辺に、魅力ある建物を作って、憩いの場にして、にぎわいを作っていかなければなりません。

 

都心部に女性が働けるセンスのいい職場を増やそう

 それと、もう一つは、女性が働けるセンスのいい職場を都心部に作っていかなければならないと思います。都心部から少し離れたところに住んでいる母親が、子どもを連れて路面電車に乗って都心部に出てくる。そしてすぐ近くで子どもを預けて、働いて、夕方の5時になったら連れて帰るとかね。都心部だと役所にも近いし、オーバード・ホールに行ったり、アフターファイブも楽しめる。そういう街を作っていかなければならないですね。最近、旦那さんが転勤になっても、奥さんと子どもは富山に残るというケースが増えているそうですよ。

 


▲押田さんの「天井がガラス張りの明るい広場に」という提案がグランドプラザに!

 

城址公園はミニセントラルパーク。ここを核に、周辺に魅力ある建物を作って憩いの場にしよう

 

押田 洋治(おしだ・ようじ)
1944年(昭和19年)、立山町生まれ。1967年、日本大学理工学部建築学科卒業。1969年、日本大学大学院理工学研究科修了。1969年〜1971年まで、久米建築事務所に勤務。1971年、押田建築設計事務所に勤務。1973年から代表取締役を務める。
代表作品は、福光町庁舎、流杉病院療養型病棟、立山町立雄山中学校校舎、体育館改築工事など。
㈱押田建築設計事務所 富山市丸の内3-4-16 ☎076-492-1225



あわせて読みたい