平田 純 さん (1929-2019)“グッドラック創刊の立役者”

文/中村孝一

 6月30日、グッドラックの顧問であり翻訳者の平田純先生が90歳で天国に召された。平田先生との出会いは、1975年グッドラックマガジンの創刊を決意し、アメリカのサンシャインマガジン社との提携も決まり、翻訳者を捜していた時のこと。
 友人の富山大学附属図書館の司書長だった塩屋さんに、翻訳者の紹介をお願いすると、「人文学部教授の平田先生にお願いしてみましょう」となり、平田先生が引き受けてくださると共に、東京の聖泉女子大学から転校してこられた奥田先生や、奥原先生を紹介くださった。さらに奥田先生が、翻訳陣を強化するため、教え子の中から伊野さん、押尾さんなど紹介くださり、最強の陣容で1977年11月23日の創刊日を迎えることができたのでした。
 グッドラックの主催するイベントにもよく参加いただき、創刊を記念して毎年ホテルで開催した「世界の酒まつり」や、1987年に設立した松川遊覧船の発船式などにも出席いただき励ましていただいた。
 東大の文学部英文学科を出ておられるのに、それを鼻にかけることは全くなく、気さくにお話しできる先生だった。ある時、編集部に突然訪問された時は、「体力づくりに自宅の本郷新から自転車でやってきました」とあの柔和なお顔で笑っておられた。そして、「中村さん、私の翻訳でおかしな所があったら、遠慮せず、編集部で直してください」と。
 昨年12月末にいただいたお便りもユニークなものだった。
 「人は赤子から成長し、赤子に戻ると聞きますが、私はハイティーンぐらいかと苦笑いしています。そこで、若い時代を思い出し、古いテキストを取り出し、学習を始める新しい終活を考えました。中学から小学校へと段々若くなって、習ったことを学び直すわけです。面白いことだと自分では考えるのですが、きっと笑われるでしょうね。勉強すべき時に、勤労動員などで出来なかったからかも。〝少年老いやすく、学なりがたし〟。夢があって自分では面白い、と思っていますが、所詮、ぼけ始めた90翁の夢かも!」
 そして、3月12日にいただいた翻訳原稿とお便りが最後となった。そのお便りの最後の行には、”Good Luck !”と最後のお便りとなることを暗示するかのように8文字が刻まれていた。
 ケネディ大統領暗殺50周年の前年、2012年8月、ワシントンのアーリントン墓地を訪問。ケネディ大統領の墓前にぬかずいた翌日、ホワイトハウスの前にある教会に入ろうとして厳しい検問に会い、ようやく席に着くと、前に黒人の警察官が2人座っている。やがて姿を現したオバマ大統領夫妻と二人の子どもが私の2つ前の席に着席しビックリ。日本に帰ってから、この教会でもらったパンフレットを平田先生に訳してもらって驚いた。「あなたの席の隣に、リンカーンが夕べのミサにそっと入ってきて瞑想の一刻を求めていたそうですよ」と。


▲ワシントンのセント・ジョンズ教会。リンカーンに愛された5番の席がある。


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