富山に足りないものは何か 誇るべき活性化の歩み④

宮口侗廸(としみち)

早稲田大学名誉教授

 

 筆者は大学では地理学という日本ではマイナーな分野を選んだが、運よく若くして早稲田大学に研究の場を得ることができた。そしてその秋、西アジアの砂漠の国イランを旅する機会があった。首都テヘランの街角を歩いていると、中学生ぐらいの子供たちが「ジャポン・ホベ」と言いながら5、6人集まってきた。ホベはグッドのペルシャ語である。ロシアに近いトルコやイランでは、日露戦争で初めてヨーロッパの国に勝利した日本に敬意を払う教育が行われていたのだった。
 ともあれ私が片言のペルシャ語で応じたせいか、彼らは私の時計はいくらするのかを始め、私にまとわりついて長く質問攻めにした。その後さまざまな国を訪れる機会があったが、見ず知らずの人に話しかけられる体験は、どの国でも日本の中とは比較にならないくらい多かった。見ず知らずの人にも関心を持ち、どんな人かを知り、場合によっては何らかの関係をつくろうとする性格を、とりあえず社交性と表現しておくと、日本の人たちは、極めて社交性が低い部類に属すると思う。
 世界に例のないほど生産力の高い水田を育て、さらには工場で黙々と働くことをよしとし、余分な会話をしないで生きてこられた日本は、国際的に比較するとそういう国だと考えざるを得ない。水田文化が工場で素晴らしい製品をつくる工業国日本を生んだというのは、長年の筆者の持論であるが、実は富山はその代表選手のような土地柄なのである。
 富山県の第2次産業(工業)従事者比率が日本一だということは前回述べたが、逆に第3次産業(商業)従事者比率は40位近くを低迷している。この落差は大きい。会話が不可欠な商業が弱いのである。車に乗っている時間が日本一であることも指摘したが、これは他人と話す時間が最も少ないことを示す。世界の中で人と話す社交性が低い日本で、さらにそうである地域が富山だということになる。筆者は長く地方の活性化に関わってきたので、富山以外の多くの県の方々と語る機会が多いが、特に四国九州の人のアクティブな印象からして、富山の人はどちらかというとおとなしく、自分の思うところを活発に語らない人が多いような気がする。
 富山に足りないものはと問われれば、筆者は社交性と、知らない人への好奇心を挙げたい。もちろん自分はそうではないと思っておられる人は多いと思われる。しかしそれはもっと激しい好奇心を持つ人との対比がない限り実感できないことなのである。富山は水田率日本一の県でもあり、その後の工業化で、日本一安定した暮らしをつくってきた。マイカーに乗る時間を減らし、人と人の出会いの上に楽しい時間をつくることが、本来の都市文化である。コンパクトシティのまちづくりの流れの中にこの空気がさらに醸成されて行けば、まさに鬼に金棒である。


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