富山の歴史を生かし、世界に一つだけの“川の街”を創造しよう

グッドラック創刊44周年記念
富山の歴史を生かし、世界に一つだけの“川の街”を創造しよう
文/中村孝一

 “水の都とやま”創造に向け、研究活動を積み重ねてきた「グッドラック」も、11月号で創刊44周年を迎える。富山市は1985(昭和60)年、全米ナンバーワンの人気都市・サンアントニオから姉妹都市の申込みを受けたことがある。都心にある松川を生かせるかどうか、松川の環境整備は富山市の未来がかかった大プロジェクトなのだ。

 

 

 先月号で特集した「〝水の都・とやま〟再生への挑戦」を読まれた読者から、「松川がどうして今日のように美しい川になることができたのか、その歴史を初めて知ってとても感動しました。今度は松川と城址公園の未来の姿を、あなたの素晴らしい想像力で描いて私たちに示してください」との声をいただきました。今回はその声にお応えし、松川の理想の未来像を描いてみたいと思います。

 

世界に一つだけのユニークな川の街に

 「川はそこに住む人々の心を映し出す」を合い言葉に、1977(昭和52)年11月、われわれに心の糧を与えてくれる月刊誌『グッドラックマガジン』を創刊、今月号で44周年を迎えます。その間、市民が誇りを持てる〝水の都・とやま〟の理想の姿を求め続けてきました。そしてたどり着いた答えは、「自分たちの街の歴史や文化を大切に、世界に一つだけのユニークな〝川の街〟を創造する」ことでした。例えばパリはセーヌ川によって生まれ、セーヌ川とともに育ってきた歴史や文化を誇りに、市章にもセーヌ川と帆船を描き、パリ市のシンボルにしています。
 富山の街も神通川によって生まれ、その名残を残す松川とともに育ってきました。松川と遊覧船は〝水の都・とやま〟の歴史と文化を伝える富山市のシンボルとなっていますが、さらにそれにふさわしい環境整備を進めるべきです。

 

 

▼江戸時代にタイムスリップできる、富山城と南側のお堀。

 

▼神通川の名残り・松川は、富山の歴史を語る上でも重要な場所だ。

 

西側の堀を復元させ富山城の歴史を再現

 第一の提案は、「富山城址の西側の堀を復元し、松川と一体にする」ことです。西側の堀を復元すれば、富山城の歴史が甦るとともに、松川と国際会議場が水路でつながることになり、夢が広がります。これは富山商工会議所の八嶋健三元会頭や濱谷元一郎元専務をはじめ、これまで多くの市民県民から同様の提案をいただきました。

▼西側のお堀を復元し、松川とつないだ新しい水路に明治・大正期の歴史的建造物が復元された富山城址公園のイメージパース。

 

非日常空間として松川べりを整備

 第二は、「安住橋から塩倉橋にかけて、松川と県庁の間の車道をやめて歩道にする」ことです。こうすることで車が目に入らず静かな空間となり、城址公園と一体となった松川公園のグレードアップにつながり、街の中心に市民が誇れる緑豊かな雰囲気の場所を手にすることができるでしょう。この提案は富山県の澤合敏博元出納長や、多くの市民県民によるもので、「公聴会を開催して5年間程審議すれば、多くの市民から理解いただけるのでは」と、力強く仰っていただきました。
 また、富山県自然保護協会の笹倉慶造元会長からも、「よく松川沿いを散歩するんですが、横を自動車がどんどん走っていきますよね。これでは歩いてて気分が出ないですね。松川沿いの車道をやめて歩道にできれば、全国にも例のない街の真ん中のリゾート地にいるみたいになって、私たちの心を和ませてくれるのでは…」と、ご意見をいただきました。
 2003(平成15)年、〝川の街〟で世界的に有名なアメリカ・サンアントニオを視察した後、グッドラックで「富山発祥の地、神通川本流跡を考える」とのテーマで座談会を開催した折には、参加者の郷土を想う気持ちが高まり、議論が白熱しました。富山県元土木部長の嶋倉幸夫さんは、「川の中に街があるのに驚きました。レストランやホテル、お店が並んで世界中からたくさんの人が集まってきている。大きな木が茂り、森林公園の中に川が流れているようで、日常の世界から隔離されている。それが一番の魅力であり、秘密だと思う」と、松川一帯を非日常空間にすることの重要さを強調されました。
 「なぜこんなに人が集まるのか、という疑問が行ってみてわかったんです」と、今井清隆元県河川課長。
「たしかに、洪水対策を完璧にして、川の街を創造したことが一番ですが、それとともに川を美しく保っていることに驚かされたんですね。水面にも川の中にもゴミがない。リバーウォークという川の散歩道も早朝、人が起きる前に清掃し、樹木に水をやっている。非常にメンテナンスにお金をかけている。松川もまず美しくすることが大切」と強調する。
 埴生雅章元県土木部長も、「リバーウォークは非常に造園的な変化に富んでいて、商業的なものと自然がバランスよく解け合って、何ともいえない魅力になっている。そのため、歩いていても飽きない。向こうの本にリバーウォークは『リニア・パラダイス』と書いてありましたが、本当に『線上につながった楽園』だと思いました。パラダイスを作り出している秘密は、道路レベルから水面まで5メートル程下がっていて、囲まれた空間になっているためなんですね。川の中に囲まれた別世界を作り出すことに成功している。リバーウォークの精神は、日本の回遊式庭園と似ている…と気づいたんです」と、その魅力について述べておられます。

 

松川の環境整備の充実と富山湾までの舟運の復活

 そこで第三の提案ですが、松川を回遊式庭園の精神で、二段階に分けて環境整備する。まず、現在の護岸を日本庭園のように、自然な雰囲気で美的センスを取り入れて、散歩していて楽しくなるようにする。メンテナンスにも力を入れ、レベルアップする。第二段階は松川の川底を2メートル程下げ、切れている橋の下も通れるようにつなぎ、静かで魅力的な別世界が体験できるようにする。
 現在、いたち川の川底が低くて松川遊覧船が通れませんが、松川の川底を下げることでいたち川の川底と同レベルになり、航行が可能になるという一石二鳥の効果があります。そうなると松川遊覧船はいたち川を下って、牛島閘門を通り、富岩運河を通って岩瀬の町に行くことができます。1987(昭和62)年、「富山城から富山港への舟運を復活させよう!」とのスローガンで松川遊覧船がスタートしましたが、その時の夢が現実になるのです。

 

姉妹都市の申込みを受けたサンアントニオ市をお手本に

 また1989(平成元)年、サンアントニオを視察された中沖豊元知事の発言の中に、松川の未来の姿が暗示されているのではないでしょうか。
 「サンアントニオ市は、川をうまく活用したリバーフロント開発の成功例として世界的に有名ですが、町の中心部にはリバーウォークが作られ、川べりにはレストラン、ホテル、コンベンションセンターが集まり、賑わいを見せていました。また、遊覧船からも周囲の美しい街並みを楽しむことができました。川に面した劇場や美しい庭園、橋や照明などを効果的に使うなど、観光客をより楽しませるための多くの工夫が凝らされ、清掃や樹木の手入れ、水質の保全などの管理も行き届き、心地よい環境が保たれていました。
 『川の王国』富山県のリバーフロントを考える上で、サンアントニオ市に学ぶことは多いと思います。特にこれからの時代には、人々の生活に〝潤いと安らぎ〟を与えてくれる、快適で美しい環境づくりが大変重要です。松川、いたち川、富岩運河をつなぐ水と緑のネットワークづくりには、景観への配慮はもちろんのこと、遊び、飲食、音楽などの要素も取り入れながら、楽しくなるようにしたいと思います」
 当時、中沖知事は仲良くしておられた経済評論家の竹村健一氏から、松川と同じような川を中心に魅力的な街を創造したサンアントニオ市を紹介され、県の「青年の翼」の名誉団長として訪問しており、松川を中心に「美しい川の街」を創造したいとの意気込みが感じられます。
 中沖知事が帰国された後にお会いすると、「サンアントニオの素晴らしさは写真を見ているだけではわからない。ぜひ現地を訪問し、参考にされたら良いですよ」とアドバイスされました。1997(平成9)年、ようやく私はサンアントニオを訪問することができましたが、そこには松川を中心にした〝川の街の理想の姿〟が展開されていたのでした。そして、富山も世界に一つしかないユニークな〝川の街を創る〟ことが、市民の誇りにつながることを改めて確信したのでした。

—理想は大海に浮かぶ星のようなものだ。けっして手にはつかめない。しかし、それはわれわれを導いてくれる。——ロングフェロー

 

▼自然があふれるサンアントニオのリバーウォークでは、人々がジョギングや散歩する光景がよく見られる。

▼舞台と客席が川によって分離されており、ユニークな河川劇場として、市民や旅行者から親しまれているサンアントニオのリバー劇場。


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