ヨーロッパの街づくりに“水の都とやま”の街づくりを学ぼう!

創刊45周年記念企画

 

富山を代表する設計事務所として、県内で数多くの官庁・文化施設や商業施設の設計を手がける押田建築設計事務所社長の押田洋治氏に、今後の富山市の街づくりについて話を伺った。

 

押田 洋治 氏 押田建築設計事務所 社長
●聞き手/中村 孝一(月刊グッドラックとやま発行人)

 

中央通りで進む再開発事業

中村 昨年3月に中央通り西側の再開発の組合が設立されましたが、そちらの設計に携わっておられますね。

押田 東京の大手コンサルタントとJV(ジョイント・ベンチャー=共同企業体)で請け負うことになり、2025年の開業を目指しています。昨年はコロナの影響で東京へ打ち合わせに行けなくなったりと、いろいろ大変なこともありました。

中村 スケート場と駐車場が入るんでしたね。

押田 そうです。中央通りは商業で賑わっていた場所なので、商業中心の再開発ビルにしたいという話もありましたし、紆余曲折する中で、スケート場を作ると国交省からの補助金もつくということで、今のような計画に落ち着いたんです。

 

防災センター横に広場を作り、松川公園と一体化

中村 再開発は、今後の街づくりに重要な役目を果たしますからね。

押田 そうですね。私は建物を建てる時、都市計画というか全体のことを考えるのが好きなんですが、中心部の再開発についても、いろいろと思う所があります。
 今、県庁の所に建てている防災センターと県警本部との間に、4階建ての南別館があります。あれを壊して、何か大きいものを作ろうという話もあったようですが、私は南別館の場所を広場にしたら素晴らしいと思います。県庁から松川までを広場にすると、広い公園のようになり、ものすごく松川が生きてくると思うんですよ。

中村 そうなると、ルーブル美術館とセーヌ川間の公園広場のようになって素敵ですよね。

押田 南別館の部署が入る施設を、再開発で近くに作ればいいんです。県だとか民間だとか言わずにね。この事務所のあたり(富山市丸の内)も空き家が多くなってきましたが、地権者にすれば税金ばかりかかってくるし、壊すのにもお金がかかる。だから、なんとかしなければという人たちが多いんですよ。
 一方で、地方の地価は安いということで、この土地を欲しいという人も出てくる。けれど、その場合はどんなものを建てられるかわからない。そこで、町内である程度まとまって、再開発できないかという話になりますが、何を作ればいいのかという問題がある。例えばマンションを作ったら、マンション業者が買いにきて、地権者はマンションの一画をもらうという形になるのだろうけど、結局はそういう所に売ってしまったということになる。自分たちがここで生活してきて、この地域に育ててもらったという気持ちがあれば、そういう形ではなくて、何か地域に貢献できるものを作りたいと考えるんですよね。
 しかし、実際に何か作ろうと思っても中に何を作るのか。例えて言うと、大きなリュックサックを用意したけれど、入れるものがないという状態ですね。今、考えているのは、現在50年〜60年経って老朽化している県の施設、例えば教育文化会館や総合庁舎などですが、これらの県の施設を建て直すのであれば、現在、再開発について話し合っている安住町などの場所を利用して中心部に集められないかということです。
 10年、20年前であれば、こんな話をしても地権者はみんな反対だったと思いますが、今の状況であれば可能なんですよ。確かに難しい話ではあるんですが…。

 


▲ルーブル美術館の広場のように県庁南別館の場所を広場にすると、松川まで公園のようになり素晴らしい!

中村 富山市の街づくりという観点からも、今は大事な時期なんですね。

 

官民連携で夢のある街づくりを

押田 知事が民間出身ということで、官民連携ということを強く打ち出しておられますが、重要なのは官民連携で何をやるのかということ。前の森市長はコンパクトシティ政策を進めてこられましたが、これからは富山発の地方自治、地方都市のあり方の見本となるものを作っていかなくてはいけないと思うんですよ。
 そのためにも、コンパクトシティとしてインフラを整備したことを生かしていく。思いつきで、こうしたら採算が取れるとかというのではなく、100年、150年先を見据えた、夢のある都市を作るべきですね。

中村 本当の富山らしさは、そういったところから生まれてくるんでしょうね。

 


▲訪れる人を迎えるベネチアの正面玄関、サンマルコ広場の賑わい。

 

コンパクトシティの良さを生かす

押田 やはり、よそに負けない都市を作ることが大事だと思いますね。これまでのコンパクトシティ政策を生かすということで考えると、路面電車の路線沿いに住む人数はどのぐらいが理想的なのか——。東京のように住宅が密集しているのではなく、ヨーロッパの町並みのように、それぞれの固まりの中に緑があったり、道路の周りに街路樹があったりと、生活空間としての豊かさが大切だと思うんですよ。
 さらに、路面電車を中部高校の前の道と館出の方にも1本ずつ通すと、中心部の住民は300メートル〜350メートルほど歩けばだいたい電車に乗ることができる。そうすれば、徒歩での生活が可能になりますね。

中村 富山市では「とほ活」ということで、歩いて生活することを進めていますしね。昨年、富山大学の副学長の中川大さんにインタビューさせていただいたんですが、CiCの南側から県庁前公園、県庁、松川までを歩行者のための道路にできないだろうかと提案しておられましたね。

押田 日本では道路の幅のことばかり言ってますが、一方通行にしてしまえばいいわけです。道の片側を一方通行にしてしまって、もう片方は歩道として舗装をバーンと大きくすればいい。

中村 なるほど。確かにそうすればできますね。

 
▲“水の都とやま”に行くと、富山市のシンボル「松川遊覧船」から路面電車が見える、と評判になっている。

 

富山市に後世に誇れるロマンあふれる街並を

押田 街の中心部は、歩行者と路面電車の乗客を中心にした街づくりを進めていくべきでしょうね。
 富山の場合は雪対策もしっかり考えていく必要がありますが、ヨーロッパでものすごく雪が降る所でも、路面電車が走っていますし、街並もきれいですね。たまにテレビで見たりすると、こんな街だと誰もが住みたくなるだろうな、と思います。

中村 富山市を住民が誇れるような街にしていきたいですよね。

押田 街並を構成する重要な要素が建築物です。なので、建築物の一つ一つが社会の資産であり、資本だと思えば、どういうものを作るべきかは自ずと決まってくると思うんです。やはり、住み心地が良く、美しくて質の高い、何百年でも持つようなものを作っていかなければね。

中村 本当にその通りですね。


▲千年の時を刻む“水の都”ベネチアは、建物だけでなく街全体が世界遺産になった。

 

押田 昔の日本では、地震や火事など天災が多く、技術的にも建物を長く持たせることが難しかったのですが、今はできるようになったわけですし、もっと長期展望で考えていくべきです。

中村 街の財産となることを意識して、建物を建てていくことが大切なんですね。

押田 人間の寿命も、昔に比べるとずいぶん長くなりましたしね。今は20代で建てたものを、自分がまだ生きているうちに耐用年数が来たからと壊さなければならないこともあるわけで、これは本当に味気ないものです。
 例えば、300年、400年後に生まれ変わってこの街へ来た時に、自分たちの住んでいた建物がまだあったと言えるような、ロマンあふれる街づくりを進めていけたらと思います。

中村 そのためには官も民も意識をして、価値のある街づくりを進めていかねばなりませんね。本日は誠にありがとうございました。

 


▲ベネチアのシンボルとして世界遺産に登録されているサンマルコ広場。レストランの屋外ステージでは、野外演奏会も開かれ、市民や観光客に喜ばれている、

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