“一日に一歩でも”の信念で、再開発を導く

総曲輪通り南地区再開発組合理事長
誰もが不可能と言った事業を成功させた
森田 明 さん

 「やれる、やれないというより、私は、やらなきゃいけないという立場だったから、無我夢中でやってきました」と振り返る。
 平成4年に準備組合が結成された当時、計画地域に広い土地を所有する森田さんには何の話もなく、つんぼさじきに置かれていた。当然、協力しようという気持ちもおこらない。ところが、「当時、富山商工会議所の金尾力松副会頭から、中沖知事が『森田が中心になってやらんとうまくいかんぞ』と言っとられた」と聞き、奮起することに。
 「私は、再開発をやらないとここの活性化はできない、とにかくやればできる、と皆さんを叱咤激励していきました。はっきりした見通しなどは当時はなかったです」
 組織を作り、再開発事業がわかるコンサルタントにも入ってもらい、目標に向かっての計画を立て、スケジュールを作り、一歩ずつ進めていった。
 「バブルが弾けた後で、キーテナントを決めるまでが大変でした。その頃、大和さんが、もう少し広くして建て直しできないか検討されている、と情報をつかみ、もしかして、と、接触した訳です」
 その後、市にも協力を求め再開発計画は本格化。こうした熱心さと、国・県、特に森市長の町づくり計画の適切な指導により、中心市街地活性化のモデルとして富山市が第1号認定を受けることに。
 「一日に一歩でも、歩みを止めない限りは必ず目標に近づけるという信念でやってきました。楽しかったですよ」

「中国のことわざに、山を少しずつ削って、とうとうその山を動かした、という話があるけど、好きな話ですね」

 

もりた・あきら●
1927年6月18日生まれ。B型。愛知大学経済学部卒業。1966年に紺綬褒章受賞。座右の銘は、「努力すれば報われる。自分の信じる道を行く」 趣味は、旅行。中国、イギリス、イタリア、ベルギー、オランダ、スウェーデン、ロシア、米国、南アメリカ、ニュージーランド、オーストラリア、シンガポールなど世界を駆け巡る。「できれば死ぬ前に3年間どっぷりと旅行につかりたい」


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