もっと郷土史を学ぶ機会を増やし、〝文化の街・富山〟に!

式会社若林商店 代表取締役社長
若林 啓介 さん

 1873(明治6)年から紙の卸売業を営む、㈱若林商店の若林社長。中央通りD北地区市街地再開発組合 理事長の他、富山市教育委員会 教育委員も務める。今回は、富山で少年時代を過ごした滝廉太郎にまつわる思い出や、郷土史教育、富山市の文化の未来などについて聞いた。

 

 「私が通っていた附属小学校のどこかに、うろ覚えですが、滝廉太郎の写真ぐらいは飾ってあったかもしれないです。滝廉太郎は前身の尋常師範学校附属小学校に通っていましたからね。ですから、附属小学校の卒業生は、意外と滝廉太郎がしばらく富山にいた、という話は知っているかもしれないですね。ただ、『荒城の月』と富山城を結びつけるような話は聞いていないです」と振り返る。
 現在の教育では、郷土史を学ぶ機会が少ないと言われる。
 「中学生ぐらいの段階で少し、明治維新以降の、たとえば、富山県の成り立ちみたいなものを教えるべきではないかと思いますね。私も富山に戻ってくるまで、廃藩置県になってすぐ富山県ができたんだとばかり思ってましたから。いや、たしかに富山県はできたんですが、そのうちなくなってまたできた、という歴史があるんですね」
 市では副読本を作成し、郷土史を学ぶ機会を増やしているが、今年から「わたしたちの富山市」に、松川遊覧船のりば・松川茶屋内の「滝廉太郎記念館」を紹介する。
 「滝廉太郎が子どもの時に富山にいたのは、まぎれもない事実ですから、本当にいいことだと思います。富山市は文化面が弱いといわれますが、桐朋オーケストラ・アカデミーを誘致したり、オーバード・ホールを作ったり、ガラス造形研究所やガラス工房を設置したりしていて、これからだと思います」

 

わかばやし・けいすけ●
1952(昭和27)年10月29日 富山市生まれ。A型。県立富山中部高校3年の夏に休学して、米国イリノイ州ヨーク高校へAFS奨学生として留学。翌年6月に卒業。帰国後の翌年3月中部高校を卒業し、一橋大学経済学部へ。卒業後、三井物産㈱入社。昭和56年8月から6年強、欧州三井物産ドイツ㈲デュッセルドルフ本店に勤務。昭和63年に三井物産㈱を退社し、㈱若林商店入社。平成13年に社長に就任。富山市教育委員会 教育委員、富山経済同友会 特別幹事、富山商工会議所 常議員、中央通りD北地区市街地再開発組合 理事長。家族は、妻、娘(社会人)。2018-2019年度の国際ロータリー 第2610地区(富山県・石川県)のガバナーを務めた。 ○特技…英語(英検1級)

 


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