安田城跡、大峪(おおがけ)城跡(富山市)

白鳥城の出城として築城

 安田城と大峪城は、天正13(1585)年、天下統一を目指す豊臣秀吉が富山城の佐々成政を攻めた時、秀吉の本陣となった白鳥城の支城となった城といわれる。
 安田城跡は昭和56年に国指定史跡に指定された。大峪城跡には五福小学校があったが、2016年(平成28年)、 旧富山市民病院五福分院跡地に移転した。
 安田城は、佐々成政が秀吉に降伏した後、加賀前田家の家臣・岡嶋一吉の家来、平野三郎左衛門が代官として居住したが、その後金沢へ戻ったため、廃城になったとされる。本丸、二の丸、右郭からなり、井田川から水を引き入れた堀がめぐらされ、約2.4mの土塁があり、安田城跡のように保存状態がよく、全体像がわかる平城は全国的にも珍しい貴重な事例という。
 大峪城は、前田利家の家臣・片山伊賀守延高が城を守っていたので「伊賀城」とも呼ばれた。城の構造は本丸、二の丸、これらを取り巻く総曲輪からなり、安田城同様、井田川から水を取り込んだ堀を周囲にめぐらしていた。五福小学校のあった高台が本丸跡と推定される。「大工町」の小字名から周囲に城下町の存在が推定される。
 安田城跡の駐車場の隣には「安田城跡資料館」(無料)があり、展示室では出土品が展示されているほか、安田城主だった岡嶋一吉が慶長4年に安居寺へ寄進した石燈籠の模型がある。2階の展望台からは安田城跡の全景を見渡すことができる。


▲安田城跡をのぞむ。




▲大峪城跡(旧五福小学校)。



▲安田城土塁展示施設。本丸の土塁に入口がある。


▲安田城を上から見た模型。


▲安田城出土品展示室。

▲安居寺の石燈籠(複製)。本物は南砺市(旧福岡町)安居の真言宗安居寺の庫裏の庭にある。県内に現存する最古の年号を持つ。



▲安田城跡資料館と展望台。


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