埴生御野立所(小矢部市)
摂政宮裕仁親王(後の昭和天皇)が立山連峰に感動され、「立山の御歌」に
大正13(1924)年11月3日、摂政宮裕仁親王(後の昭和天皇)は陸軍特別大演習の統監の為、埴生に行啓された。この日は明治天皇の誕生日に当たり、晩秋の空がくまなく澄みわたり、白銀きらめく立山連峰が望まれた。そして、ここからご覧になられたその雄大なる山容に感動され、翌大正14(1925)年1月20日の歌会始の折「山色連天(山色天に連なる)」の勅題(天皇陛下がお定めになる歌の御題)にて上記の歌をお詠みになられた。
この御歌を拝した当時の富山県民の感激はただならず、大正15年の夏に立山三ノ越の自然石に刻まれ、昭和2年には東京音楽学校教授の岡野貞一により「立山の御歌」が作曲され、富山県民歌として事あるごとに国歌とともに斉唱されてきた。
御製碑は立山三ノ越、呉羽山、立山町岩峅寺の雄山神社などに建立されているが、御野立所跡地には建立されていなかった。今回、御歌が詠まれて100年を機に埴生地区自治振興会が御製碑を建立した。
参考/案内板
※誌面では、芦峅寺となっていますが、岩峅寺の間違いでした。お詫びして訂正いたします。
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埴生護国八幡宮(リンク)

























