松浦敏正さん “気持ち優しく、理想は大きく”

文/中村孝一

 1月30日、松浦敏正さんが63歳で天国に召された。昭和50年、28歳で「ワールドモータース」を創業。私が、その2年後に「グッドラック」を創刊したこともあり、お互いに親近感を抱き、事業についても苦労を語り合った仲だった。
 ある時、「ワールドモータース」の命名のいきさつを聞くと、「世界制覇をせめて社名で達成したい、と思って!」と笑った。また、「グッドラックが勇気、理想、希望、心の大切さといったケネディ精神を追求する姿勢に、大変感銘を受けます。一緒にお互い頑張っていきましょう」と励ましてくれた。
 彼は、その名の通り、賢く、生涯、正義を貫いた。信条は〝誠〟。「この一言が好きです。ストレート派なんです。『何でもいいから売ればいい』と、自分だけの利益を追求すれば、社会悪を広げることになる。それは、真の利益とはいえないし、いずれ限界がやって来る。人間性ある販売をして、ユーザーの信頼をつなげていきたい」
 「世話をするのが好きだなあ、とよく言われるんです。そう言われるのが楽しいんですよ」と、松浦さん。本業の中古車業界はもとより、町内会やYMCAなど、〝社会〟の世話をすることが好きだった。
 「社会に貢献すると、また与えられることも多いですよ」 店の前の国道41号線に分離帯を設ける話が国交省からあがったときも、「沿線の商店が全滅する恐れがある」と率先して大反対の集会を開いたりもした。
 彼は理想が高く、向上心を持ち続けるために本をよく読んだ。「特に松下幸之助さんの本が大好きで、読むと勇気づけられるんですよ」
 ユーモアのセンスを失わなかった松浦さん。私はそんな彼が大好きだった。しかし、そんな彼がある時、声をひそめて言った。「中村さんは私のユーモアを大喜びしてくれるけど、人によっては誤解してとられることもあるんです。ですから、ユーモアを言う時は相手を見て言っているんですよ」
 北陸中央食品の澤田要作会長が突然亡くなった時のこと、「あれは理想の死に方だね。死の間際までピンピンしていてコロッと逝く——。こればかりは自分ではどうにもできませんけどね」と語っていた松浦さん。そういう意味では本望だったと言えるのではなかろうか。
 松浦さんとの交友は仕事を通じてだったが、そうした中で彼との友情が深まっていった。
 ボクシングの王者、モハメド・アリは『友情の価値』という自作の詩の中で次のように言っている。〝友情とは、売買できない貴重な贈り物。その価値は山よりも高く、黄金よりも偉大だ〟
 突然の松浦さんの死は、私にこの言葉の真の意味を、悲しみとともに伝えることになったのだった。 


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