富山県教育発祥の地は、いたち川沿い

 いたち川沿いに、「富山県教育発祥の地」の碑がある。場所は、花見橋たもと、大阪屋ショップ北新町店横の遊歩道沿い。富山教育学窓会の有志により建立されたようだ。
 明治6年(1873年)10月3日、付近の北新町の民家を借りて新川県※講習所・小学校教員養成所が開設された。それが、明治8年12月、新川県師範学校となった(明治8年6月に、旧富山藩穀倉跡に洋風校舎を新築)。明治9年、新川県が石川県に編入され、石川県富山師範学校に改称。明治10年、旧藩校・広徳館跡地(富山税務署付近)に移転し、元の校舎は石川県第二女子師範学校に充てられた。明治16年5月9日、富山県が石川県から分離独立し、富山県富山師範学校と改称。その後、富山県師範学校(旧)、富山県尋常師範学校、富山県師範学校、官立富山師範学校と改称し(明治38年、男子部は西田地方の新築校舎に移転)、戦後、昭和24年に富山大学に包括された。

※新川県とは、明治4年に越中国(当初は一部、のちに全域)を管轄するために設置された県。


▲そばを流れる、いたち川


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