太陽と地方の文化

鶴谷 治

高岡市伏木町桐ヶ丘
自治会会長

 

 今から20数年前、娘が小学生の夏休みに、一家で長野方面に旅行したことがある。その帰りの列車が、たしか生地辺りの海岸にさしかかった時、真っ赤な太陽が富山湾の彼方に沈んでいくのを見た。
 高岡市の伏木に生まれ、二上山系の山端に沈む夕日ばかりを見て育った私は、その時まで富山県では太陽は山端に沈むものとばかり思い込み、海に沈む処もあるなど、考えても見なかった。だから、その夕日の神々しく気高い美しさに心を打たれると同時に、自分の認識不足にも思い至り、少なからぬショックを受けた。
 その列車には、富山市の人が隣席にいて、話の端々で「…だちゃ」と首肯する言葉を連発した。私の地方では、「…やちゃ」と若干違った首肯の仕方をする。
 そこでまた、同じ富山県でも同一の言葉遣いに違いがあることを知り、夕日の沈む場所の異なりが、言葉遣いにも影響しているのではないかと、思ったりした。
 あの列車での体験から敷延して、こじつけて思うのだが、人に限らず、生きとし生けるものが見る、日の出や日没の場所はそれぞれ異なる。このことが、そこに住む人々のものの見方や考え方を肯定し、生活習慣や言語にも影響を与え、ひいては、それぞれ独特の風土文化を醸し出しているのではないかと考える。
 このことは、日本全国はもちろん、世界中についても言えるはずだ。つまり、各地独特の風土文化の違いは、日が昇り、日が沈む場所の異なりが、基本にあるような気がしてならない。
 しかし、世の中が進み、マスコミなどの発達や、人的交流がますます激しくなる中で、地方の風土文化も平板化し均等化されつつあり、地方独特のものも時代とともに埋もれて行く。
 埋もれて行ったものの中でもなつかしく思い出されるのは、物売り声である。四季折々に、地方独特の言い回しで、町を流して歩いた物売りの声は、一編の風物詩であり、幼い頃に盛んに真似をした。次に二、三紹介してみたい。
 春になると「ヒーヤラタイヤラティー」という、ひらたえびの売り声があった。夏の暑い盛りには「ドジョウホッホー、ツラホー」とどじょうの蒲焼きを売り歩く少年の姿があった。簡単な売り声としては、秋の「イワッシャ、イワシ」があり、冬には「タラッ、タラ」があった。
 今は、あの趣情豊かな、風物詩としての物売りの声は消えた。代わりにテレビコマーシャルが茶の間に上がり込み、千変万化しながら、一様に情報を流す。だが、太陽だけは生きるものの位置によって、それぞれ異なる場所から昇りそして沈み、生きとし生けるものに違った環境を与え続けている。そのかわり、人々は埋もれたものを肥として、また新しい文化を生み、育てていくものだと確信している。

※グッドラックとやま 平成 4(1992)年9月号「地域文化論」より・役職は当時のもの


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