守山城址(高岡市)

神保氏張、成政、利長らが在城


▲守山城本丸跡へ。守山城は、二上山の支峰である城山の最高所に築かれていた。現在城山公園として整備されている。写真左手側に小矢部川が流れ、右手側遠くに氷見の海岸をのぞむ。奥には、平和観音像がある。

 

 案内看板によると、 守山城は、二上城、海老坂城ともいい、城山袴腰[はかまごし](標高259m)と呼ばれる。
 築城時期はあきらかでないが、「南北朝末期(1371年)に南党の桃井直常が石動山天平寺の衆徒としめし合わせて、越中守護斯波義将の本城守山を攻め落とした」と歴史の中で言われていることから、その創設は相当古いとみられる。
 その後、神保慶宗、神保氏張、佐々成政らが在城したが、天正13年(1585年)前田軍が攻め落とし、秀吉から賞賜されて、前田利長の居城となった。
 慶長2年(1597年)、利長は富山に城を築いてここを去ったため、城下の寺院や商工業者は続々富山に移り、守山城や城下町は急速に寂れたという。ちなみに、利長は、富山に移った翌年、利家から家督を譲り受け、金沢城に入城している。
 なお、文禄2年(1593年)に生まれた前田家三代の利常(利長の異母弟)は、幼少の頃、この城に城代として在城した前田長種(利長の姉の夫)のもとで育てられている。


▲下の方から本丸跡をのぞむ。

 


▲本丸跡に立つ平和観音像。

 


▲本丸の先端からは、蛇行して流れる小矢部川を見ることができる。

 


▲反対側は氷見の海岸がのぞめる。

 


▲小矢部川河口と富山湾をのぞむ。

 

 

 

 

 


二上山万葉ラインを国道160号線から上り、しばらく走ると左手にトイレのある駐車場がある。そこに、車を停め、右手に歩いていくとそこが守山城の城址だ。


コメントを残す


あわせて読みたい