富山城下への境目 足洗川があった場所

 

 太田口通りの途中、日枝神社の近くに、右足を出したお地蔵さんがいるのをご存知でしょうか。看板を見ると、「足洗地蔵(一休地蔵)」とあります。『太田口通り界隈史話』(廣瀬誠氏)による解説が書かれていますので、それをもとに見ていきましょう。
 江戸時代、ここに、富山城下町と太田地方との境目の太田口があり、足洗川という川が流れており、里から来た人々はここで足を洗ってから城下町に入ったのだそうです。
 天保12年(1842年)の「富山町方旧事調理」にも「里人洗足せしゆへ足洗ひ河と申し伝え候由」と書かれているとのこと。
 足洗川は東から西へ流れてきて、太田口通りの道を横切っていましたが、旧竹島旅館では床下から涼しげな川の音が聞こえたものだといいます。
 なお、橋の下にはカワウソが住み、通行人の食べ物をかすめ盗り、町民の悩みの種となっていましたが、一休禅師が石地蔵を刻んでこれを橋とさせたおかげで、カワウソの害がやんだ、ということです。
この話は、9月号のこのコーナーで少し出てきましたね。

 

 


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