富山の歴史が詰まった松川、いたち川を生かしたい

(公財)富山県建設技術センター 専務理事・事務局長
仁木 良市 さん

 県職員として、広報、観光振興など県のPRに長く取り組んだ他、子ども支援、くすり政策にも携わり、富山経済同友会への派遣も経験。今年3月で県庁を退職し、4月から富山市舟橋北町の富山県森林水産会館7階にある公益財団法人に勤務する仁木さんに、現在の思いなどを聞いた。

 

 「私が広報課の係長だった2001年頃は、富山県の知名度は各種調査で40位台でした。現在では中位になっていて嬉しいですね」
 広報係長時代には、弊誌で毎年実施している「水の都とやま取材の旅」にも同行し、各地の記者に富山をPR。
 また、著名な料理・グルメ漫画『美味しんぼ』84巻(富山編)28頁に「県庁の仁木さん」として登場するなど、積極的に富山をアピールした。
 その他、個人としてもSNSによる発信を行なってきており、
富山の豊富な海の幸、山の幸を紹介するoishinbo_toyamaというインスタグラムのアカウントは6000人近いフォロワーを獲得している。
 現在勤務する建物の右前には、旧神通川時代の左岸側の常夜灯が残る。
 「私の執務室から見えるこのあたりは、かつて神通川が流れていて、船橋が架けられていたんですね。サンシップ(富山県総合福祉会館)の建物も船の形をしています。ここに来て、とても感動しました」
 ちなみに、同じく旧神通川の上に建つ富山市役所も東側から見ると、船の形をしている。
 「明治34年に川の流れを直線化する馳越線工事が始まり、完全に現在のような流れになったのは大正10年頃。その後、富岩運河(昭和10年完成)を掘削した土で廃川地が埋め立てられて、その右岸側が残されて松川、いたち川(下流)となったわけです。この歴史と先人の知恵を生かしていきたいですね」

 

にき・りょういち●
1962(昭和37)年、砺波市生まれ。富山市在住。
昭和61年3月、北海道大学経済学部経済学科卒。昭和61年4月富山県入庁。自然保護課を皮切りに、国際課、財政課主任、広報課広報係長、商工企画課副主幹(富山経済同友会派遣)、児童青年家庭課課長補佐、東京事務所次長、知事政策局主幹、観光課コンベンション誘致班長、くすり政策課振興開発班長、観光振興室コンベンション・賑わい創出課長、厚生部参事・子ども支援課長、監査委員事務局次長などを経て、職員研修所長を最後に今年3月、県庁を退職。4月より現職。

 

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