魚津城址、天神山城跡(魚津市)

上杉軍悲劇の籠城戦の舞台

 

 魚津城と天神山城は、2009年の大河ドラマ「天地人」に登場し話題となった。
 天正10(1582)年3月、柴田勝家、前田利家、佐々成政ら織田方の大軍が上杉方の魚津城を攻撃。上杉方指揮官の中条景泰(なかじょう・かげやす)は上杉景勝(かげかつ)に救援を要請するが、上杉方の本拠地である越後の春日山城周辺で織田家の家臣が領内侵攻の姿勢をとっていたため、景勝はすぐには動けなかった。
 5月4日、景勝はようやく春日山城を出発し、5月19日に天神山城に陣を張った。ところが、信濃国の森長可(ながよし)や上野国の滝川一益が春日山城を総攻撃する態勢に入ったため、5月27日に退陣を決断。残された上杉軍は籠城戦を展開し両軍が決死の攻防戦を繰り広げたが、開戦から3ヶ月後の6月3日、上杉方の守将13人が自刃し落城した。
 その前日に、京都では「本能寺の変」が起きていたが、知らせが魚津城に届いたのは6月5日以降。「もしもあと数日、魚津城が持ちこたえていたら…」と景勝ら上杉方は悔やみきれない気持ちであっただろう。

参考/案内板、パンフレット、Wikipediaなど


▲魚津市立大町小学校にある魚津城址の石碑


▲魚津市立大町小学校


▲上杉謙信が越後の精兵を引きつれて魚津城外にたむろした時に口ずさんだと思われる句の歌碑「武士のよろいの袖をかたしきて 枕に近きはつかりの声」(大町小学校)


▲ときわの松。棟方志功が描いた松の2代目だそう(大町小学校)


▲天神山城跡を示す柱


▲天神山城跡への登り道にある石仏


▲天神山城跡の様子


▲天神山城跡への登り口からは、新川学びの森天神山交流館(2002年に閉校した洗足学園魚津短期大学の校舎を使用)が見える


▲天神山城跡からの眺め


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