官立富山薬学専門学校跡〈奥田寿町公園〉(富山市) 

43年にわたる薬学の学園跡

 昨年9月号の「とやまの話」コーナーで、共立富山薬学校、富山市立薬学校、富山市立薬業学校、富山県立薬業学校、富山県立薬学専門学校、官立富山薬学専門学校、富山大学薬学部、富山医科薬科大学、そして再び富山大学薬学部と歩んできた富山の薬学校の歴史を紹介しました。
 今回ご紹介する場所は、このうち、官立富山薬学専門学校、そしてそれに続く富山大学薬学部があった場所です。碑文によると、富山薬学専門学校は大正9年(1920年)12月に、それまでの県立から官立に移管され、大正10年4月、奥田のこの地で開校したということです。そして、それから30年にわたり特色ある有名校として実績を保ち続けました。その間の昭和20年8月には、戦災で校舎を焼失しましたが、いちはやく復興の実をあげました。
 昭和24年、学制改革により富山大学が創設され、同校は同大薬学部として新たに発足しました。そして、この地で昭和39年(1964年)まで12回にわたる卒業生を送り出しました。この場所は、実に43年の長期にわたって薬学の学園であったのです。両校の卒業生は合せて3,278人、世に出て薬学薬業はもとより社会諸般の発展に力を尽し評価を博しました。
 ちなみに、敷地面積は運動場・薬草園を含め35,436㎡(25,875坪)という広大な施設で、わが国の薬学教育では随一の国立学校であったということです。

参考/案内板、他

 

 

 


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