長岡御廟(富山市)

富山藩12代のお殿様が眠る

 

 富山市民俗民芸村の北東の呉羽丘陵の麓に、富山藩の歴代藩主が眠る「長岡御廟」がある。延宝3年(1675年)に「長岡御廟」の守り役として建立された真国寺の前の石碑によると、初代藩主・利次には百塚山に城を構えるという夢があった。しかし不運なことに、利次は参勤交代で江戸出府中に、58歳で急逝してしまう。念願を果たせぬまま他界した父・利次の胸中を想い、2代藩主・正甫は、百塚山に隣接した長岡のこの地に父の亡骸を葬った。その翌年、廟所の入口に真国寺を建立、寺領を与え、永代に渡って廟を守らせた、という。その後、廟所には、初代藩主・利次以下12代までの藩主や子供、側室等の墓が次々につくられた。また、藩主埋葬のつど石灯籠が奉納され、その数537基を数えるそうである。なお、区画は2つに分かれており、正面の区画には、中央に初代・利次、右手に11代利友、9代利幹、5代利幸、12代利声、左手に4代利隆、8代利謙、10代利保。右側の別区画には、6代利與、2代正甫、7代利久、3代利興と並んでいる。
 なお、昭和35年、富山市有志によって長岡御廟保存会がつくられ、前田家の子孫から土地を譲り受けるなどして一帯を公園墓地として整備し、市民に開放したという。

※参考…真国寺ホームページ http://www.enryo.jp/

 







 


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