『高熱隧道』
『高熱隧道』
吉村 昭著 新潮社 649円
極限状況における人間の姿を描破した記録文学
今年10月1日頃に宿泊付きの旅行商品の中で通ることができるようになる、黒部ダムと黒部峡谷鉄道 欅平駅を結ぶ「黒部宇奈月キャニオンルート」。このルートでは「高熱隧道」を通るが、「高熱隧道」とは、欅平から直線距離で6キロ上流の仙人谷にダムを建設し、そこでせきとめた水を水路トンネルで下流に落水させて、欅平の発電所で電力を生み出す、日本電力(現在は、関西電力に移管)黒部川第三発電所の工事(昭和11年8月着工、昭和15年11月完工)のために掘られた隧道(トンネル)のうち、温泉湧出地帯を通るトンネルを指す。現在も気温が約40度あり、列車内からも硫黄臭や熱気が感じられるという。
今回紹介するこの本は、そのトンネル(軌道用と水路用がある)の掘削工事の現場や人間関係について、建設会社の現場土木技師の目を通じて描いたノンフィクションである。
この工事を担当したのは、本の中では佐川組となっているが、佐藤工業がモデルで「隧道工事には多くの難工事をこなしてきた秀れた実績があり、それに富山市に本店を置き…」と紹介されている。もともとこの区間(第一工区)は別の会社(本の中では加瀬組)が請負ったが、掘り進めるにつれ岩盤温度が上昇し、工事を進めることに技術的な自信を失って工事を放棄、代わりに佐川組(佐藤工業)が工事を引き受けたのだという。
この本を読み進めると、いかに大変な工事だったのかを強烈に思い知らされる。岩盤の温度上昇による作業環境の悪化、ダイナマイトの自然発火事故、泡雪崩(雪煙が最大で200km/h以上の速度で流下する大規模な煙型乾雪表層雪崩)による宿舎の破壊により、大勢の人が亡くなり、作業員たちは極限状況におかれていく。一時は県が工事中止を国に打診したほどだが、工事は続行された。岩盤温度は最高で165度を記録した。数々の困難を乗り越え、300人を超える犠牲者を出して、遂に黒部川第三発電所建設工事は完了する。
少し誇張もあるようだが、一度は読んでおきたい記録文学である。
【重要なお知らせ】
黒部宇奈月キャニオンルートは、黒部峡谷鉄道の全線開通にあわせ、10月1日頃に開始する予定でしたが、能登半島地震で被害を受けた黒部峡谷鉄道の復旧工事が当初の見込み以上に時間を要し、令和6年シーズンは黒部峡谷鉄道の全線開通ができないことになり、令和6年中には開始できないことになりました。
https://canyon-route.jp/